第153話田中朱里の思い(2)

入学式が終わって、前の席に座っていた祐君が立ちあがった。(絶対に声を掛けよう!とずっと思っていた)

でも、祐君は隣の女性と、いい感じ。(マジ?ほんと?・・・その時点で、立ちあがれない、動揺した)

私の座った席のすぐ横の通路を、祐君と、その女性(ふくよか、やさしそうな美人)が通り過ぎて行く。(祐君!その人、彼女なの?教えて!と聞きたい、でも聞けない)

その後は、事務局から書類を貰って、トボトボ笹塚のアパートに帰った。

それでも、私は諦めない。

同じ学部であれば、同じ授業を受ける機会が、絶対にある。

だから、教室に入れば、必ず祐君の姿を探した。(小さな教室でも。大教室で)


それで、今日、ようやく祐君を発見した・・・と言うのに・・・あの知らんぷりは・・・


本当に辛かった。


隣に座ったけれど、祐君は、他人様だよ。(一緒に・・・ツーショットなのに、忘れたの?)(私よりもっと可愛い子とツーショットしたの?)(その子とどうなったの?)

いろいろ、講義中モヤモヤし続けて、終わったら

祐君が「田中・・・朱里さん?」(ようやく?いつ思い出していたの?)


「昔話しましょう」と誘ったら、あっさり「お断り」だし(コアな仕事って何?3年間待った私の思いは?)

隣にいた女性の「アルバイト」のフォローが無かったら、認めなかった、と思う。(でも、彼女かな・・・と不安)


でも、その「昔話」で、気にかかることが、「確かに」ある。

熱田神宮の撮影に、遅れて見に来た、おばあ様が、祐君に酷い事を言った。


「朱里!あなたは、名古屋の名誉ある家の娘なの、おじい様もお父様も愛知県庁の大幹部なの、そのお家の娘が、どこの馬の骨ともわからない坊主と、写真を撮るなんて・・・あの坊主が言って来たの?とんでもない!」


宮司さんも、着物屋さんも、おばあ様に慌てて「私たちが祐君にお願いした」と理由を言って頭を下げても、おばあ様は興奮していたし、プライドが高いから、祐君にも、森田哲夫さんには謝らない。

森田哲夫さんは、苦笑していた。

でも、祐君は、「本当にごめんなさい」と、私にも、おばあ様にも謝った。(おばあ様は、横を向いていた)


おばあ様が気持ちを変えたのは、家に帰ってから。

宮司さんから話を聞いたおじい様が、おばあ様をしっかりと諭した。

「森田哲夫さんは、日本でも有数の大写真家で、今回の撮影の依頼も、熱田神宮様から、熱田神宮でさえ、5年越しの依頼、それほど忙しい写真家」

「祐君は、哲夫さんの子供さん」

「変なことを言うと、森田さんは、二度と撮影をしてくれなくなる」

「もともと朱里が望んで、宮司さんも祐君に頼んだ話だよ、それを・・・あまりにも酷い」

「その祐君って男の子に、何の非があるの?それをお前は、酷いことを言って」

「名古屋の評判がお前のために落ちる」


おばあ様の顔に、ようやく焦りと反省が浮かんだ。

「それは・・・先走りして・・・あの男の子に悪いことを」

「確かに、可愛い、賢そうな品のある美しい顔の子だった」

「いつか、こっちに来たら、謝らないとねえ・・・名古屋人として」


私は、その「名古屋人」がどうしても、嫌だった。

「名古屋人は、名古屋で暮らし続け、名古屋市か、県庁勤めをするのが、最高の人生」

「名古屋の女性は、そういう男と結婚して、専業主婦に、そして子を産み、孫を楽しむ、それが使命」

「名古屋嬢」なんて言葉もあるけれど、要するに一生名古屋で、井の中の蛙で地域限定のお姫様暮らししかできないってこと。(馬鹿馬鹿しくて、涙が出るくらいに、臆病で情けない女としか思えない)


だから、私は、大学は東京に出た。(おばあ様は、猛反対だった)

もしかすると、祐君の近くにと思った。(そしたら偶然か、お導きか、近いことは・・・近かった)

スマホの待ち受けも、「祐君と私の着物ツーショット写真」に変えていたのが良かったのかも。


・・・でも・・・祐君・・・

まだ、気にしているのかな・・・ごめんなさい・・・私もしっかり謝っていない・・・


・・・逢いたいよ・・・祐君・・・

待ち受け写真の祐君は・・・可愛いのに。

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