第145話炸裂!祐の「古注論」 春奈は「負け」を意識した。

祐は、真面目だった。(出会ったばかりで、アルバイト仲間、先輩でもある春奈との関係を壊したくなかったこともある)

夕食後の、午後7時過ぎに春奈に電話をかけた。(尚、夕食は真由美が博多とんこつラーメンを作り、純子も一緒に食べた)(だから、真由美も純子も、祐の部屋にいる)


「祐です、電話が遅れてごめんなさい」

「あの・・・ご用件とは?」


春奈は、うれしいような、悔しいような感じ。(祐の電話はうれしい、しかし話すことが、どこか冷たい響き、ご用件は?が気に入らなくて、悔しい)

「う・・・うん・・・」(本音は祐に逢いたかっただけ、用件そのものは、あまり考えていなかったから、必死に考える・・・)

「まあ・・・逢って言いたいけれど」(これは時間稼ぎだ)


「そんなに深刻な話が?」(祐としては、春奈と自分の間に、深刻な話とか、逢って話さなければならない、そんな話はあり得ないと思っている)


春奈は焦った。(焦りついでに、困らせて見ようと思った)(平井先生とも、大学のゼミの先生とも、時々議論するコアな話題だ)

「あのさ、祐君、古今集の仮名序の古注のことなの」※古注;古くからついている注釈のこと。仮名序のやまと歌の「六つのさま」をことごとく否定、別の歌を添付するなど、古来議論の対象になって来た。

「どう考えているの?」

「祐君が訳した現代語訳では、あえて別紙にしてあったよね」


祐は、即答。(しかも、スラスラと論を展開する)

「仮名序については、仮名序として書かれた文を先に訳しました」

「別紙にしたのは、古注は、あくまでも注釈に過ぎない、仮名序の作者が書いたものではないから」

「誰が書いたのかは不明、まあ、おそらく清少納言とか、紫式部の時代の人」

「宮廷貴族とか女房への教育の目的のために、古注を書いた」

「僕自身は、その古注自体には、かなり問題があると思っています」

「その古注を書いた人は、漢文を意識し過ぎていて、つまり漢詩のほうが和歌より上等と思っているのか、書き方に差別感を感じます」

「和歌は、やまとの歌、日本人のための歌なので、中国人に褒められるための歌ではないのですから」


春奈は、「うっ・・・」と言葉に詰まり、反応が全くできない。

(どうして、そこまで詳しいの?)とか(古注を否定?マジ?)とか(祐君は底が知れない)と思う。

ようやく返した言葉は

「平井先生の家に行く前に、一度、直接逢わない?」

「その話をもっと聞きたい」


しかし、祐は、「え?」と、引き気味の声。

「平井先生の家でいいのでは?」

「そのほうが、一度で話がまとまります」

「おそらく、先生の家の書棚にも、根拠となる書籍がありますので」

(スラスラと反論しがたく、理論的に展開するので、春奈は、焦る)

(先輩として、古今の知識を振りまいて、祐を困らせようと思っていたのに)

(自分のほうが、話を聞きたくなってしまった)


「ねえ、祐君・・・ダメ?」(ここに来て、春奈は、祐に、負けを意識)(お願い女になってしまった)


祐は、まだ引き気味。

「うーん・・・」

「何と言いましても、大学の講義が始まって、キャンパスを歩いてみないと」

「気持ちが落ちつきません」

「それからでは?」


春奈は、悔しくなって来た。

「嫌、逢いたい、何とかして」(理性ではない、感情だけのお願いになっている)


祐は、曖昧な返事。

「わかりました、気持ちが落ち着きましたら、連絡します」

そして、そのまま電話を終えてしまった。


ずっと目を丸くして「話の様子をうかがうだけの人」と化していた純子と真由美は、「祐君・・・すご過ぎ」と、笑ってしまっている。


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