第122話平井恵子の家にて(2)

古今和歌集の仮名序と真名序は、和歌の本質論から始まる。

続いて、和歌の効果論、起源論、歌体論、変遷論、二歌聖批評(柿本人麻呂、山辺赤人)、万葉集撰集、六歌仙批評(遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主)

と進み、古今集撰集の事情、撰集後の抱負と進む、かなりな長文にして、しかも内容が深い、我が国文学史上に輝く名文である。


祐は、自分が書いた仮名序訳は、時折目をやるだけ、その他の大先生たちの訳を見比べて熱心に読む。

風岡春奈は、その逆、祐の仮名序訳を中心に、大先生たちの訳は参考程度に読む。

純子と真由美は、慣れないせいか、両方を一つ一つ見比べては、メモをする、赤線を引いてチェックなどをしている。


それでも、概ね、一時間ほどで、全員の「祐と大先生たちの訳の見比べ」は終わった。


祐は黙っている。

表情も変わらない。(祐自身、自らの訳を変えたくないと思っているから)


風岡春奈は祐の顔を見た。

「これは、本当に祐君だけで?」


祐は、素直に頷く。

「至らぬ点があれば、いや、素人なので、至らぬ点ばかりかも」

「ひとりよがりかも」


純子も祐に聞く。

「芦花公園から帰った夜に?」


「結局、朝までかかった、見直しが多くて、それが未熟」


真由美は首を横に振る。

「私なんて、一月かかっても、これは無理」


祐は、顔を下に向ける。

「未熟と思う、こんなだから」


純子と真由美は、祐の言葉の意味を同時に理解した。(徹夜の後の怪我を恥じていると)


最後に平井恵子が、話をまとめた。

「結論を言います」

「祐君の現代語訳は、素晴らしく優れています」

「大先生たちの訳と、全く遜色はありません、ミスもありません」

「むしろ、今後を考えれば、祐君の訳を世間に出したい、いや、出さなければならない」


祐は「え?」と引くような顔。

春奈、純子、真由美は頷く。


平井恵子は、話を進めた。

「祐君の文体に合わせて、仮名序や和歌の語釈は、春奈さん」

「解説は、私と、祐君」

「純子さんには、全体的な校正作業」

「それから真由美さんには、別の仕事を頼みたいの」


真由美が、少し戸惑っていると、平井恵子は説明する。

「真由美さんは、美大、それも活かして欲しいの」

「様々な和歌に応じて、写真、あるいは、イラストをお願いしたい」

「紙媒体と、電子書籍も考えています」

「むしろ写真が美しいのは、電子書籍かな」


「それとね」

平井恵子は、今度は祐の顔を見ている。

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