第72話祐は解放感の中、隅田川沿いを歩く。

祐はブラブラと歩いて小川町の駅に。

そのまま都営線に乗り、森下で降りた。

森下に特別知っているとか、目的があったわけではない。

ただ、見知らぬ駅で降りて、見知らぬ街を歩いてみたい、そう思っただけである。


「隅田川は越えたはず」

祐の頭の中には、まず、隅田川の向こうへ行きたかった、があった。

(それも、特に理由があったわけではないけれど)


森下の街を歩き出すと、やはり下町の雰囲気に包まれる。

「ここも、深川の一部かな」

小ぶりな店や、深川神明宮などという、祐の知識には無かった神社もある。(一応、の意味で参拝は、軽くした)

ただ、あまり、森下の街には興味は感じなかった。

それより、隅田川を見たかった。

途中の古そうな珈琲店で珈琲を買い、隅田川まで歩いた。


「風が気持ちがいい」

最初に感じたのは、それだった。

「珈琲も、美味しい」

さすが、老舗の珈琲と思う。

ベンチで飲もうと思って探したけれど、見つからない。

諦めて、歩くことにした。

「佃まで歩こう」

祐は、もともと、歩くことが好きである。


途中、女子高生の自転車数台とすれ違う。

しかし、祐は見ることはしない。

そのまま、別の方向を見て、やり過ごす。


やり過ごした後、

「イケメン!」

「可愛い感じ」

「狙う?」

そんな声が聞こえて来たけれど、何も感じない、面倒なだけ。


「顔で判断?それの何が面白い?」

「やはり、人は中身」

「光源氏が、末摘花を見捨てなかったのも、呆気にとられるくらいの古風で、また、いじらしいほどの中身があったからこそ」


祐は、そんなことを思いつつ、空を見上げた。

都心の空とは違い、さすがに大きな空が広がっている。


「解放感かな」

「今、誰も知る人がいない」

「誰も、自分を知る人がいない」

「これこそ、自由だ」


東京に出て以来、いや、生きていて初めてのような、ようやく、肩の荷がおりたような解放感の中、祐は隅田川沿いを歩いている。


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