1月24日

 2人共に寝られるとヒマだなぁ。

 真っ暗で何も映らないんだもの。


「おう、そうか」

『寝ないでくれない?ヒマになっちゃうんだけど』


「ならシバッカルの宮殿にでも行ったらどうだ?」


 シバッカルかぁ、もしかしたらココのに懐柔されてるかもだし。

 チクられて追い出されても困るしなぁ。


『んー、保留かな。兎に角、君が早く起きたら良いんだよ、栄養付けてしっかり休養してだ』

「あぁ、分かってる。ありがとう」


 何か、俺が心配してるみたいに受け取られたっぽいけど。

 違うんだよなぁ。




 叱咤激励を受けたお陰か、前よりは少し早く起きれた。

 そうだよな、ココでは特にストレスは大敵なんだ、自分の事もしっかり管理しなくては。


 今日はプールだったか。

 よし、柔軟しておこう。


 先ずはバイタルチェック。

 エリクサーをがぶ飲みし、今すぐにでも泳げる程にしっかり柔軟し終わると、ハナが起きた。


「お、はようタケちゃん」

「おはようハナ、よだれ」


「お、おう…顔洗ってくる」


 プレッシャーによるストレス過多。

 夢見に過敏さも加わって、歯軋りからの顎の疲労、それが食事にまで影響するんだ。

 もっと、甘やかすべきだった。


「で、今日はどうするんだ?」


「日本の省庁に、クローンとかホムンクルスの事、聞こうと思って」

「ホムンクルスか、何をどうするんだ?」


「魔王を人間にしようと思ってて」

「そうか、プールでなら聞くぞ」


「避けていた事態が」

「さっさと朝食を食べてプールに行こう!まだ入って無いんだろうに」


「ぅーん」

「ショナ君も入りたいだろ?」

「はい」

「私も」

『いこ?』

《ね?》


「ハナ、多数決ならとっくに決まりだぞ」


「ぐぬぬ」


「あの、桜木さん、この時間ですと柏木さんは寝てらっしゃるかと…起こせば起きて下さいますが」

「それはいくら何でも可哀想だろう、な」


「…わかった、行こう」


『《「「いえーい!」」》』


 朝食は軽めに。

 プール横のカウンターに全員で行く。

 本当に、こう見ると大所帯だな。


「あの、水着のレンタルを…」


《はい、ご案内しますね》

「あ、でも…無駄毛処理が」


《シェービングサービスも御座いますのでご安心下さい、ではコチラへ》

「私も付き添います、安心して下さい」


「ふむ、入らせるだけでも一苦労だな」

「もう本当に遠慮ばかりで」

「恥ずかしがり屋さんですからね」


「みたいだな。よし、ストレッチ対決だ」




 武光さんは体格が良いのに柔らかい、それこそ僕より。

 鍛え方が全然違う。


 完敗。


「おー、着替えたかー」

「筋肉凄いな、タケちゃん」


「だろう」

「その羽織り、暑くないんですか?はなちゃん」

「いいのー、見るな見るな、散れ」


『《ショナー!プールで競争するのー!》』


「はいはい、先ずは準備体操ですよー」

「ハナもだぞ、泳がなくてもだ。今日から習慣にした方が良い。痛くはしない、任せろ」

「えー…はい」


「よし」


 もの凄く、硬い。

 見ていて可哀想になる程に硬い、呻き声まで。


「ぅう」

「あの」

「心配無い、ギリギリだろう?」


「ギリ、ギリ」

「ほらな、アイツらの相手をしてやると良い」


「はい」


 優しいのにスパルタ。

 見習える気がしない。


 休憩は挟んではいても、ほぼ全身のストレッチを終えるまで止まらず。

 ストレッチを終えた頃には、すっかり疲れた表情の桜木さんになっていた。




 暑い、死ぬかと思った。

 ギリギリストレッチ、マジヤバい。


 フルーツアイスティーはうまい。


 白い砂、青空、ヤシの木、暑い。


 魔王は爽やかな顔をして汗一つかいてないが、任された谷間の卵は暑くなかろうか。


「桜木さん、大丈夫ですか?」

「あぁ、暑い」


「脱がれては?」

《『はいる?』》

「うん、もう、入る」


 卵を濡らさぬ様にフラミンゴを型どった浮き輪に乗り、水に入った。


 冷たくて気持ちいい。


「卵、持ちましょうか?」

「いや、コレで充分だわ。ショナと追い掛けっこしてて」

《『あーい!』》


 流れるプールでショナを追い掛け回させていると、ミーシャもタケちゃんも加わって競争になった。

 空いてたからか、監視員は怒らない。


「桜木さん、そんなに泳げないんですか?」

「うん、全く」


「練習してみます?」

「今度ね、卵預かってるし」

「なんだ、泳ぐ機会が無かったのか?」


「無かった、病弱の引き籠もりだったから」

「今は大丈夫なのか?」


「そらもう元気ですよ」

「なら、楽しまないとな、ほれ!」

『《きゃー!》』




 ショナ君も巻き込んで水を浴びせてみたが、ハナが良い景色になってしまった。

 上手い事ショナ君は顔を隠したが、コレが良い方向になるかどうか。


「タケちゃん」

「なんだ?涼しくなっただろう」


「卵が冷えたらどうすんのよ」

「それだけ暖かそうなら大丈夫だろう、さ、もう少し腹を空かせるか。競争するぞ」

《『はーい』》


 流石に1周もすればショナ君も落ち着いたらしく、ハナを見ても赤面はしなかったが。

 ウブには凶器だなアレは。


「ハナ、卵を受け取るからスライダーはどうだ?」

《『いこ?』》


「分かった、でも休憩してから。水分摂らないと」

「だな、休憩にするか。走るなよ」

《『あーい!』》


「武光さん」

「あぁ、すまんな、刺激が強過ぎたか」


「もー、どうしてあんな事を」

「涼を分けただけだが、少しは考えられたか?」


「無理でした。まだ少ししか桜木さんを知らないので」

「胸のサイズとかか」


「もー」

「悪かった、ついな。弟とは誂いたくなるものなんだ、許せ」


「もう少し手加減して頂けませんかね」

「考えてはおく。そうだな、娼館にでも一緒に行くか?」


「是非、遠慮させて下さい」

「そうか、有るのかココにもそんな店が」


「もう、ご自分で調べて下さい」

「悪かった悪かった」




 イチャイチャするショナとタケちゃんを横目に焼き付けつつ、水分補給。


 そしてスライダーを制覇し、お昼の時間となった。


「ちょっとお腹へったね」

『《へったー》』

「だな、食うか」


《私コレ》

『僕コレ』

「じゃあ僕はコレで」

「コレ」

「俺はコレだな」

「ワシはねぇ」


 流れるプールを1周後、料理が来た。


《『「いただきまーす」』》


 ホットサンド、ブリトーとクラムチャウダー、ホットドッグに山盛りポテト。


 スープはたっぷり入っていて濃厚で、とても美味しい。


「うん、旨いな。どうだプールは」


「くっそ楽しい」

「だな、泳げればもっと楽しいぞ?」


「でしょうねー、でも運動音痴だし、運動好きじゃないんだ」

「何でだ?」


「病弱ゆえに、入院が多くて泳ぐ間が無かった。捻挫し易い。あと昔、溺れかけたのもある、調子のってプール入って肺炎になったのもある、それ以来過保護が加速した」


「ハナは虚弱体質か」

「せやで」


「大変だったな」

「ちょっとだけね」


「ん。所でハナ、ホムンクルスの事だが」

「ちょっと待って下さい、秘匿の魔法を使いますから……はい、どうぞ」


「ホムンクルスは人造人間」

「で、魔王を人造人間に、か」


「うん、つか人間にしようかと」

「ほう」


「最近の魔王の回顧録はもう見た?」

「おう、小指がエグかったな」


「すまん。で、魔王の感情が分離して大罪が産まれたなら、もっと分離させたら、魔王は居なくなるんじゃ無いかと」

「確かにな」

「なるほど…そうかも知れませんね」


「またまた魔王、実は気付いてたんじゃね?」

「いえ、本当に。元は余計な感情を分離してたんです。だから、もう今は分離しようと考えもしてなかったんですよ…本当に、でも何を分離すれば良いのか…」


「双子のお父さんと…お兄ちゃんとか。お兄ちゃんは従者として付いて来てくれると助かる、まだまだ無能だから手伝って欲しいし。今は机上の空論、ホムンクルスもクローンも目処が立ってない」

「で、その事を訪ねに行くのか」


「うん、省庁に行こうと思ったけど時間がね…エリクサーとか医神の事を欧州で、アヴァロンで聞こうかと」


「そうか、良いと思う、付き合うぞ」

「ありがとう」


『《ハナーあついー》』

「よし、行くべやー」


『《きゃー!》』




「魔王、お前には父性が確かに有ると思う」

「そうですかね?」


「ハナに助けを求めたと同時に、守ってくれてもいるんだ。将来どうなるかは別にしても、お前が居てくれて良かったと思う」

「買いかぶり過ぎ過ぎだとは思いますが。ありがとうございます、照れちゃいますね」


「でだ、子供達は大変だったろう。医者はどうしたんだ?」

「それがもう、夜泣きや夜驚症が酷くて。離れるのも嫌がるので、もう家に籠もりっきりでした」


「飲まず食わずで世話か」

「ですね、魔王で良かったかもです」


「父性と言うか母性、親の情だな。お前に拾われて良かったと思うぞ」


「それ、どうなんでしょうね。今は予防接種で大変な思いをさせてますし、教育の事もどうするか悩んでた程ですし、所詮は行き当たりばったりなんですよ。子供達の為に近付いた、卑しい魔王なんです」

「まぁ、ハナはそこを何も思って無いだろう。寧ろ、お前の苦痛を。今のと、これからのを慮ってる筈じゃないか?」


「寝れる苦痛ってどんなんですかね?」

「まだしたい事が沢山有るのに、出来なくなる。まるで死ぬ寸前みたいだ」


「成程、全然分かりませんね。もし人間になれば」

「あぁ、大変だぞ。苦痛過ぎて戻りたくなるかも知れんな」


「なら、望む所ですね、いつか苦痛を得るべきだと覚悟はしてたので」

「予想外の苦痛かも知れないが、魔王化してくれるなよ」


「はい、頑張ります」


 何も言わずに私を褒めてくれて、はなちゃんにも素早く打ち解けて。

 この召喚者は良い召喚者ですね。




 散々泳ぎ回らせたカールラとクーロンがぐったりしたので、引き上げる事に。

 水着から着替えて部屋に戻り、チェックアウトの準備。


 準備と言っても、本当にただの最終チェックだけ。


《年中、あんな感じの場所があったら良いのにのぅ》

「ハワイとか?」


《どこじゃ?》

「南の方、海のど真ん中の筈」


「ハナは行った事は有るのか?」

「ねぇよお、行きてぇよぉ」

「じゃあ今度行きましょうね、はなちゃん」


「うん、平和になったらね」

《すぐ行きたいんじゃが?》


「ドリアードだけ行く?」

《それはイヤじゃ》


 ホテルを出る直前、ダンディ紳士に出会った。

 今日もビシッとダブルのスーツをキメて格好良い、前に会った時より若く見える気がする。


「ありがとうございました、凄く楽しかったです」


『それは良かった、不備は無かったかな?』

「無い、美味しかったし凄く良かった!完璧!」


『そう!ならまた来ておくれ!』


「うん、また!」

『《バイバーイ!》』


 今回は全員でアヴァロンへ。


 柵内部なら、魔王やクーロンも来て良いそう。

 家のある場所は治外法権、柵は中立緩衝地帯だそう。


《お帰りなさい》

「お、はい、ただいま」

『来れた』

《うん、いっしょ》


「うん、一緒だね」

「邪魔する、ティターニア、オベロン」

《いえいえ》

『おう、眠そうだな』


「泳いだんでな、少し良いか?」

《はい、どうぞ》


「すまんな」


「もう、秒じゃん…にしても卵孵らないね、何でだろ」


《お2人が早かったのです、魔力が混ざり終わってようやっと産まれるのですよ》

「あら…早過ぎる弊害は?預かって良いの?」


《えぇ、武光様がお任せしたのですから大丈夫でしょう…早過ぎる弊害は…可愛らしい所でしょうかね》

《幼児性じゃな、心身は連動しておるからの》

《えへー》

『えへへ』

「反省0」


《だって、早く一緒が良かったの》

『早くしないとだったの』

「何でさ」


《『なんとなく』》


《ハナ、卵が心配でしたら少し一緒に眠ってあげては?夢見の力があるならば、卵の事が分かるかもしれませんよ?》


 お言葉に甘えて少しだけ泉に入って目を瞑った。






『まーた2人で寝やがって』

「すまんな、泳いだんだ仕方無い」


『お、夢見発揮だな』

「あぁ、エミールを迎えに行かんとな」


『お前も行くのか』

「何だ、寂しいか?」


『まぁ、ヒマっちゃ…何か遊ばれてる気がするぅ』






「卵出て来なかった、空から男の子が降ってくる夢だった…あ、タケちゃん」

「おう、夢か?」

「武光さんの事ですかね?」


「いや、金髪の少年…ショナ何か連絡来てる?」

「いえ、まだ何も」


「ちょっと下に行こうショナ。何もなかったら直ぐ戻る、クーロンおいで、カールラも」

『《あい》』

「俺も行く」


 そう、どうしてあの時に俺は行かなかったのか。

 訓練後に疲労感と愉悦に浸かっていたからだ、協調性の無い俺。

 しかも年下の女子に甘えて、最悪だな。


 地上に降りると直ぐにショナへ緊急通信が入った。


「桜木さん、柏木さんです」

【良かった。桜木様、柏木です、緊急です】


「召喚者?」

【え、はい、欧州で…】


「今居る、細かい場所は」

【はい、直ぐに座標を送ります】


「二手に分かれ様、カールラ良いか?」

《はい》


 指定の座標に向かいつつ、上空から捜索。


 こんな季節だ、寒いだろうに。


《ふむ、向こうが見付けたようじゃな》

「そうか、向かってくれ」

《はい》


 ハナ達とは少し距離を置き、着陸。


 エミールの悲痛な叫び声が聞こえる。

 目も見えない、知らない場所に独り。


「なぁ、どうしてアイツはココなのだろうな」

《運命なんじゃろう、縁の有る地に導かれると言われておるでな》


「そうか、俺の父親が四川出身でな。そうか」

《手伝いに行かんのか?》


「あまり大勢では萎縮するだろう」

《優しいのぅ、ええ子じゃのぅ》


「そうでも無い」


 ハナ達が飛び立った頃を見計らい、距離を置いて追跡。


 そのまま浮島に行っても、一定の距離を保つ。


「はなちゃん、その子にケガは?温かい紅茶?珈琲が良いでしょうかね?」

「ありがとう、どっちが良い?エミール」


『紅茶を…お願いします…』

「毛布をどうぞ」

「ありがとうショナ、痛い所は無い?エミール」


『……今は特に…』


 エミールの痛々しい傷痕に、ハナが顔を歪める。

 両手には火傷痕の様なケロイド、切り傷も。


「そっか、でも取り敢えず病院に行こう」

『あの、それはちょっと…』


「保険とかお金の事なら心配無いよ」

『でも、あの…痛くないので、病院は…大丈夫です…』


「そっか、紅茶にお砂糖とミルクは?」

『はい、お願いします…あの、スマホを見掛けませんでしたか?』


「ごめん、見当たらなかったよ、また後で見に行ってくるね」

「はい、紅茶ですよ、足りなかったら言って下さいね。はなちゃんも」

『すみません、ありがとうございます』


「年を聞いても良い?」

『14才です』


「わ、若いなぁ…困った……もうあれだ、ココは異世界です」


『変な番組の何かですか?それか、僕を誘拐しても大したお金にはなりませんよ』


「普通そうなるよね。でもマジなんだ、証明する。ドリアードって知ってる?木の妖精の」

《精霊じゃ、間違えるでないよ》


「ごめんごめん」

「誘惑するって言う、御伽噺のドリアードですか?」

《我がそうじゃぞ》


「ドリアード、腕出して。エミール、本物だから、繋ぎ目を探してみて」

《ふふ、繋ぎ目か、地面との繋ぎ目はあるがの》


『確かに滑らかに動くし、繋ぎ目も無さそうですけど』

「よし、次はクーロン、小さい竜になって」

『はい、エミールは軽かったの』


『わ、スルスルだけど、なんか、蛇みたいな鱗が…』


「次はカールラ」

《あい、カールラとクーロンはご主人様のなの》


『ふわふわで暖かくて、凄い高性能な人形ですね』

「クーロン、指を触らせたまま巨大化」

『あい!』


『あ、わ、竜の手って、乗り物の名前じゃ』

「今なら魔王の角も触れ…る?良い?」

「はい、勿論ですよ」


『魔王って、あの、魔王?』

「今は無害だけど、止めとく?」


「やめときます…」

「残念です…」


「じゃあ今度はクーロン、人間化、翼生やせる?」

『はい。どんな感じですか?怖いですか?』


『僕、騙して驚かす番組嫌いなんです…』

「騙してないし嘘も無い、でも全部、完全に信じなくても良いから、大丈夫」


「そうですね、紅茶のお代わり如何です?スコーンもありますよ」

《まぁ、早々に信じられても頭を疑うでな》

《でも信じてほしいの》

『ココが1番、難しい所だそうですね』

「そうなんですよ、妄想だとか夢だとか必ずなってしまうそうで」


「つい先日までワシもそう思ってた」


『あの…仮にその、異世界だとして、僕なんて招いて一体…』


「この世界を救って欲しいらしい」

『目すら見えないのに…』


「知能や知識で呼ばれる事もあるみたい、自分は魔法の素養っぽいけど」


『…わかったのでもう家に返して下さい…』


「ね、分かる。仮想世界か夢か幻覚か疑うよねぇ…自分は最初病院で起きたから、天国かと疑ったよ」


「俺もそろそろ自己紹介をしよう。李 武光だ、タケちゃんかグーグと呼んでくれ」

「私はミーシャ、桜木様の従者」

『オベロンだ』

「しっ!待って!ごめんねエミール、ココはアヴァロンって所なんだ、妖精と精霊の森」


《ふふ、ティターニアです、宜しくお願いしますね。ハナ、少しは怪我が治ったら信じて頂けるのでは?》

《そうじゃの、どうじゃ坊主、その手の傷を少し癒さぬか?》

「泉は温かいけど、嫌なら入らなくて良いからね、ほっとく以外は何でもするから、どうしたい?何か食べる?」


『…その、泉とは、怪我が治るんですか?』

《貴方の目を一瞬で治す事は出来ませんが、擦り傷であれば直ぐに治ります、試してみますか?》


『……はい…』


 服のまま、ハナがエミールの手を引き、泉へ。

 エミールはまだ震えている。


 方やハナは優しい顔だ。


「ストップ、しゃがんで、はい、泉だよ、どう?」

『温かいですね』


「ね、上げてみて、直ぐ乾くでしょ?匂いも無いし」

『はい…』


「さ、そのまま、服のまま入ってどうぞ」

《そう、ゆっくりと、横になり【眠りなさい、眠る良い子はゆっくりと…】》


「目覚めて落ち着く迄、待とう。心配はそれからにしようハナ」

「うん」


「ハナもこんなに傷付いていたのだろうか」

「いや、ちょっとインフルエンザ的なので。記録読む?」


「本人の口から聞く主義でな」

「そっか。無傷だったと思う、寝込んでて記憶にないけど、起きたらしこたま鼻水が出て止まらんかった」


「ふふ、それは大変だったな。俺にも聞きたい事が有ったら聞いても良いんだぞ?」


「…向こうが心配?」

「いや、ハナはどうなんだ」


「心配はして無い。悲しまれるだろうけど、どうせ一時的なんだろうなとは思う」

「家族仲が良く無かったんだな」


「ワシが居なければ、平和よ。世話の焼ける頑固な子供だったから」


 あの悪夢が現実だったと、今伝えて何が起こるか。

 きっと何も起こらない、良い方向には行かないだろう。


「病弱程度で世話が焼けるなら、怪我ばかりの俺や俺の親父は最悪だな。親父はスタントマンだったんだ、事故で早死にしたけど。憧れて、身体を鍛えて、気が付いたら格闘家。母親はそんなに喜んで無かったが、子供が出来てな、やっと少し分かったよ」


「なら余計に」

「まだ腹の中だ、それに婚約者を信じてる。嫁の母親も、俺の母親も信じれるから、心配して無い」


「良い家族で羨ましいね」

「あぁ、だからお前の方がよっぽど心配だメイメイ。家族も誰も居ないお前が、たまらなく心配なんだ」


「世話好き」

「じゃなかったら教師になろうだなんて思わないさ。もっと聞かせてくれ、気が向いたら」


「ありがとう」




 タケちゃんは本当に、本当の家族より心配してくれてるのかも知れない。

 本当の家族より、優しいかも知れない。


 タケちゃんがオベロンと何処かに行ってしまったので、泉の端に足を浸け、魔法の練習をする。


 使うより出ていく魔力の方が多い気が。


 ティターニアに訊ねると、慣れてないので魔力効率が悪いからだと。


 さくらんぼやオレンジ以外にも、麻や椰子、ハーブや観賞用の花も成長させた。

 いつの間にかタケちゃんとショナはオベロンと戯れている、審判はミーシャ。


 カールラとクーロンも人型になり、見様見真似で近接戦闘訓練をしている。




 ハナの不安を和らげる為とオベロンに告げ、1勝だけさせて貰ったが。

 手加減が有るとは言え苦にならなかった、戦闘訓練の経験値も引き継げているのは、有利かも知れない。


『やるな』

「たまたまだ」

「僕は勝てそうな気配もありません…」

「ショナはボコボコですが武光様は1勝しました、流石です」

「お疲れ様」


「あぁ、ハナもどうだ?」

「今度ね。痛いのイヤじゃないの?」


「おう、へっちゃらだ」

「腕真っ青じゃん」


「まともに受けてましたから」

「それで手一杯だ」

「ムリムリ折れる」


「はは、避けきれなくてな、でも意外とそんなに痛く無いぞ?」


「ドMめ」

「だな」


「認めちゃうタケちゃんも格好いい」

「おう、なぁハナ、ティターニア、怪我や傷は魔法で治せないだろうか」

《もう少し先にと思っていたのですが》


「へ、出来るの?」

《練習してみます?》

「俺を使え、足りないなら本気で来て貰うが」


「いや、コレで練習になるなら別に」

《大丈夫ですよ》


「じゃあ、お願いします」


 アザ1つにかなりの時間が掛かったが、覚えてしまえば早かった。


 後は、痛覚を切る方法か。


「痛覚もどうにか出来無いんだろうか」

《私にはそこまでは》


「そうか。そう言えば天使はココに居るのか?」

「居るには居るそうですが」

「居るんかい、ならこう、治したり殺せるとか有るのかね」


【私で良ければ、教えましょうか】

「ひゃぅ」

「アナタは、死の天使か」


【はい、良くご存知で】

「ハナ、取って食う感じは無さそうだぞ」


「あの、痛覚を切る方法を教えて貰えますか?」

【はい、喜んで】

「あぁ、ただ誰も殺さないでくれよ。俺は練習に戻る」


 コレで、腕を切る事は無いだろう。


 オベロンと1対1での戦闘。

 今まで勝てなかったのは、俺が手加減していたから。


 所詮は格闘技、殺す為の技じゃ無い。

 ただこの世界ではもう、潰す為、殺す為の技に昇華すべきだった。


 前は全てが中途半端だった。


『坊主が居る時と違うな』

「あぁ、潰すか殺す気だ」


『良いな、その意気だ』


 もう搦め手にも投げられた土にも動じない、俺が殺してハナが生き返らせる。

 単純な構造だったのに、全く何も考えない馬鹿だった。


 自分が憎い、何度殴られたって足りない。


「タケちゃん!休憩してくれ」


「あぁ、すまんな驚かせて。大丈夫だ、治してくれるか?」

「おう」


 また悲しい顔をさせてしまった。

 夢中だったからな、イカン。

 本当に俺は全然ダメだ。


「タケちゃんは凄いね、凄い強い」

「そう見えたか?オベロンはかなり手加減してくれてるんだぞ」


「痛そう、痛覚切る?」

「いや、今度頼む。今日は久し振りに全力でしたいんだ。見てるのは辛いだろう、見て無くても良いぞ」


「勉強したいんよ、例え戦闘要員で無くても」


「ハナ、お前にだってまだまだ何か才能が有るかも知れない。例え才能が無くても、柔軟も筋トレも戦闘訓練だって役に立つ時が来るかも知れない。それにな、俺は戦闘要員だとは思って無いぞ?そう言われたワケじゃ無いんだしな、突発的な事や災害なら、戦闘要員でも前線で戦えない事も有る。ましてエミールの能力は未知数、何もかもを決めるにはまだ早いと思うぞ」


「うん」

「で、訓練するか?」


「もう少し柔軟出来てからで良い?」

「痛覚を切ってズルしたら良いんじゃ無いか?」




 うっかりタケちゃんの言葉に納得し、筋肉が悲鳴を上げる感覚を体感してしまった。

 痛くは無いけど、怖い。

 他人の体を実験台にするよりはマシなんだろうが、にしたって色々な意味で怖い。


「はぁ、自分で自分が怖いわ」

「大丈夫か?不具合は有るか?」


「無いのがまた怖いわ、チートやんけ」

「まだまだだぞ、柔らかくなった程度では次は怪我をする。筋トレだ」


 優しいのにスパルタ。

 だけど自分の為にしてくれてるとハッキリ分かるスパルタ、本当の意味でのスパルタよな。


「コレばっかりはコツコツだな、骨が折れたら元も子もない。休憩にしよう」

「ありがとう」


「で、戻る気は微塵も無いんだな?戦争や災害が大規模だったとしても」

「うん、戻される位なら死んだ方がマシ」

《そんなに、嫌な事があったんじゃろか?》


「んー、ケガや病気に振り回されるのが嫌。1年中健康だった年なんて数える程しか無かったから、今最高に元気で楽しい。筋トレも柔軟もちゃんとしたの始めて」

《ふむ…》


「ドリアードは心配しているんだ、ココで本当に良いのかとな」

「他の嫌な事を言い始めたら止まらんよ?愚痴を言わせたらショナの従者への道以上に時間が掛かる」

《良いぞ、聞かせぃ。代わりに誘惑の真髄を教えてたもうぞ》


「マジか、戻りたくない理由なんぞベロベロ喋るわ。親がクソでさ、特に父親が」

『あ、の…』


「お、エミール大丈夫?」


『はい…大丈夫です…あの、夢じゃ無いんですね…本当に…』

「せやで、マジ。傷触ってみ?軽いのなら治ってると思う」


『…はい、はい、確かに…』


「こうやって泉とかで回復すると、髪も爪も異常に早く伸びるから、そこで異世界なんだなってちょっと思った」


『…でも、僕を喚んだって…』


「自分の時もそう思った、来てからずっとどうしようって、今でも思ってる、スポーツ出来ないし頭良くないし、知識も同年代より劣ってる」


『何と戦うんですか?』


「戦うのかは決まって無い、災害のフォローかも知れんし。どう貢献できるかまだ良く分かって無いけど、何か、頑張る」


『それでも…あなたは戻りたく無いんですね』

「おう、絶対嫌。寝起きに変なの聞かせて、すまんね」


『いえ…コチラこそすみません』

「本当の事だし、聞かれて困る事じゃ無いから大丈夫、寧ろ気になった事は何でも聞いておくれ」


『…そんなに病弱だったんですか?』

「うん、全部のカルテを纏めたら辞書位の厚さになるかも知れん、こっち来た時もインフルエンザか何かで朦朧としてて良く覚えて無い。病気だけじゃ無く怪我も有る、秒で捻挫とか、運動音痴だし、泳げないし」

「ふふっ、俺より怪我が多いかも知れんな」


「タケちゃん格闘家で、更に教師も目指してるんだって」

「ほぼ子持ちでも有るな、俺にも聞きたい事が有れば気軽に尋ねてくれ」


『はい、ありがとうござ』


 カミナリが鳴る様な音が、エミールのお腹から響いた。

 顔も耳も真っ赤にさせて、恥ずかしそうに顔を隠した。


「はははははっ!何が食いたいエミール」

「野菜ジュースに、少し重たいかも知れませんが、ハンバーガーやタコスもありますよ、桜木さんも食べます?」

「食べます。エミールはアレルギーある?ベジタリアン?何食べたい?」


『アレルギーはありません、大丈夫です、何でも食べれます』




 桜木さんの病歴。

 病院で悲惨な目に有ったとは聞いていたが、しかもあの口振りだとまだ有りそう。

 しかも特定疾患無しでコレだけ。


 僕なら先ず従者を目指すなんて、いや、向こうに従者は居ない。

 なら警官か自衛隊か。


 絶対に無理だ、自分の身体に自信が無いなら目指せない。


 なら、どうなってたか。


「ショナ?」

「もし僕だったら、どうなっていたかなと」

「向こうでか」


「はい」

「ショナは従者になりたくて、従者になった。夢を叶えた人なのよ」

『そうなんですね、素敵です、羨ましい』


「ね、ワシは却下されたのも有るから無理だった」

「ほう、警官か?」


「惜しい、白バイ隊員」

「小さいからか」


「それとバイクは危ないから、次は京都とかの簪職人。離れて暮らすのはお祖母ちゃんの事も有って、お祖母ちゃんは良いって言ってくれたんだけどね」

「母親か?」


「正解、両方母親がダメって。しかもバイクをダメだって言った事を忘れてて、クソがっかりした、幻滅した」

「ならショナ君も、白バイ隊員を目指すと仮定するか」


「それで病弱で、怪我も多かったんですよね」

「しかも父親が下衆」

「俺からしたら母親も中々だけどな、似た者夫婦なんだろう」


「まぁ、多分そう」

「なら僕は、僕も諦めてたと思います。例えば自衛隊なら連帯責任でなので、自責の念で居られなくなるかも知れませんし」

「本当に、良く生きてたな?俺なら親を恨んだかも知れない、病弱に産んだと」


「堕ろそうとしたらしい、もう年だし、仕事の邪魔だって。いや、うん、母親も結構アホだったわ」

「うむ、間違いを認めるのも成長への1歩だな」


「桜木さん、本当に」

「マジでネグレクトも暴力も一切無し。寧ろ入院先で良く一緒になった子が居てね、今考えるとそうだったのかとは思う。骨折とかだったから」

「にしてもだ、良く生きてた。偉いぞ」


 その心配は無いにしても、ココでの虐待案件としては充分。

 ただ、それを桜木さんに言うかどうか。

 被害者だとは思っていないのに、被害者にさせてしまうかどうか。


 ココは、僕では無く専門家に任せるべき案件。




 タケちゃんは何処か甘い。

 スパルタなのに甘い。


「スパルタなのに甘いんだよなぁ」

「飴と鞭だ。エミールは満腹になれたか?」


『はい、ありがとうございました』

「では」


「『「ごちそうさまでした」』」


「で、エミールはどうしたい?神様か人間か、どっちに診て貰うかなんだけど」

『あの、神様って…』


「一先ずはエイル先生かなぁ」

《じゃの北欧神話のヴァルキュリアじゃ》


「あ、ナイアスって触れるのかね、水の精霊」

『ぇえ、別に、良いですけどぉ…』

『わぁ、水が勝手に、大丈夫なんですか?』


『別に、はぃ』

「ただなぁ、この後が酔うのよ」

「我慢だ、ほれ行くぞ」


『また強引に、もう、大丈夫ですか?』

「ワシは無理だが」

『僕は大丈夫です』

「この子はエミールだ、宜しく頼むよ」


『私はウルス、宜しくお願いしますね。そしてココは』

「デッカいカラスさんが来たよ」

『風圧は有りますけど、羽音が』


《触りますかな?》

《ちゃんと清潔にしてるですぞ?》

「ツルツルやんけ」

『本当だぁ、温かい』

『クーロンもなの』

《カールラもなの》

「お、ドリルの様だな」


「嫉妬ドリルで抉れるぅ」

『ふふっ』


《さ、道すがらお話ししますぞ》

《ココのラグナロクのお話しですぞ》


 フギンとムニンが話し好きで助かった。

 ココの世界の優しいさが分かる話だし、向こうとの違いも分かるから助かる。




 前回同様にラグナロクの話をしてくれた、話し好きなカラスで助かる。


『詳しく無いんですけど、僕が知ってるのと少し違いますね』

《オーディンは、一度死にましたがヘルに生き返らされてしまったんですぞ》

《ヘルの屋敷を追い出され、今は隠居してますぞ》

「凄い嫌われてるじゃん」

「どう、違うんだ?」


『スルトによってユグドラシルが壊滅してしまうって』

《確かにそう予言されましたが》

《ロキがそれを聞いて、史実を変えたのですぞ》


「優しいせいかロキさん損な役回りよな」

『ですね、悪神とは思えません』

「な、他の神々も生きてるんだろう」

《あまり予言を大きく変えてはいけないと》

《予言で死んだモノの多くは死んだまま》


《まぁバルドルやロキは生きておるぞ。じゃが、プライドの高い神々は死んだまま。この話を聞いた人間の反応が目に見えてる!このままで良い!とな、あはははははは!》

《はははは!如何でしたかな?着きましたですぞ》

《優しいヴァルキュリア、医療の女神エイルの元へ》


《エイルー、患者ですぞー》

《患者を連れて来ましたぞー》

『はいはい、落ち着いて。どうも、エイルです』

「お久し振りです、エミールを少しお願い出来ますか?」


『勿論よ。エミール、早速診察していいかな』


『はい』

『はい、じゃあ彼のプライバシーもあるでしょうから、皆はこのまま外で待ってて』


「おう、じゃあエミ」

『い、あの、一緒に、居てもらえますか。桜木花子さん』


「おうよ」


 そう、俺じゃ無くエミールはハナを頼るべき。

 そしてココから先も大丈夫な話し合い、如何にハナが病弱で、どれだけこの世界に感謝しているかが分かる。


(武光さん、聞き耳なんて)

(大事な話なんだ、聞いておけ)


 モノモライが悪化し切開手術をした話、看護師の優しさ。

 親知らずをノミで砕き処置した話。


 眼鏡をしていた事、瞳孔を開く目薬の話も。


(確かに、大事ですけど)

(俺は目が良いからな、この目薬の話は新鮮だ。検査で痛みと不自由が有ると知っていたから、病院を勧めなかったんだろう)


 そして運動音痴の話へ。


(コレって、因果がどっちか先か難しいですよね)

(関節が柔らかいんだ、長い療養期間で筋力が足りなかった可能性が有る。それからはもう、負の連鎖だろうな)


(本当に、もっと早くにココへ来ていたら)

(そうだな、また未来が変わってるかも知れないな)


(スキップ得意な人って居るんですね)

(凄い下手なのも居る、地を這う様だったぞ)


(スキップなのに)

(あぁ、運動音痴も運動経験が足りない者も、似た感じにはなる)


(成程。凄いですね、もう覚悟させちゃって)

(いや、まだだ)


(もう、骨折じゃ無くてもヒビは有るじゃないですか)

(あぁ、俺も鉛筆削る時にやったな)


(本当に、病気と怪我のレパートリーが凄いですよね)

(しかも知恵熱もだろう?)


(はい、本当に成人してると思います?)

(なんだ、疑ってるのか)


(子供がなる病気も良くしたとかで、幼い感じも有りますし)

(まぁ、ただ中身が、うん、幼い時が有るが。大人ぶってはいないだろう)


(あぁ、確かに)

(お、決心した様だな)


「よし、じゃあエイル先生呼んでくる?」

『はい、お願いします』

《私が行きますぞー!》

《いや私がですぞー!》


『聞かれちゃいましたね』

「問題無し」


(俺らは後で言おう)

(はい)


 エイルには内緒にして貰い、自分の目で治療風景を見させて貰った。


 多分前の俺は、確実に魔法を疑っていた。

 でもハナは心底信じていた。


 この情景だけじゃ無いかも知れないが、確かにコレを見れば、魔法は何でも出来ると思うのも分かる。


 綺麗だ。


『ふふ、じゃあ泉に行きましょ』


 ベンチで待っていたフギンとムニン、魔王とミーシャと合流し何食わぬ顔で迎える。

 大事な人間の手術なんだ、こう待って居てもおかしく無いのに俺は。


「お疲れ様でしたね、エミール君」

「お疲れ様でした、桜木様もエイル様も」

「お疲れ、良く頑張ったな」

「お疲れ様でした」

『ふふ、まだまだ、治ってからにして。さ、泉に行くわよー』


 ハナは匂いに過敏だと思っていたが、あの薬品だらけの場所から移動したら、こう新鮮で良い匂いに感じるんだな。


 観ただけですら、コレだけの抜けが有る。


《エミール、気を付けるですぞー》

《声がする方へー、ですぞー》


『あの、桜木さん』

「何だいエミール、つかハナで良いよ」


『はい、あの、迷惑を掛けてばかりで…』

「いやいや、迷惑じゃないし…エミールは何か特技ある?趣味とか」


『射撃と釣りなら』

「ワイルド、釣り針とか作る系?」


『えぇ、はい。道具の手入れも作るのも好きでした』

「今度教えてよ、商売にも出来そうだし。迷惑掛けたと思うならそれでチャラで」


『そんなので良いんですか?』

「おう、見える様になったら色々教えて。それまでは治すのが君の仕事だと言う事で」

「俺にも頼む、旨い魚が食いたいんでな」


『ふふっ、釣れるかどうかは別ですよ?』

「釣れるまで我慢だ、ハナもだぞ」

「出た、スパルタ」


『さ、着いたよ、ゆっくり入って』


「おやすみエミール」

『はい、お休みなさい…』


『よし。ハナ、エリクサー作りは進んでる?』

「いやぁ、すんません」

「俺が頼んで、治療魔法を会得して貰った」


『あら凄いじゃない!』

「いや、まだ痣とか筋肉治すだけでして」

「俺は助かってるぞ」


『いきなり何でもは難しいわよ、凄いわ、良い子良い子』

「で、コレから人間の用事をな」

「あ、うん。エミールをお願い出来ますか?」


『勿論よ』

「ミーシャ、頼めるだろうか」

「はい」

「カールラもクーロンもお願い」

《『えー』》


「いや、クーロンに少し頼みが有るんだ。カールラ、俺がハナに付き添う。頼むよ」

《『あい』》


 魔王に空間を開いて貰い、省庁へ。


 ショナ君。

 本当にモタモタと不満気にしているな、そんなにハナが気になるか。

 従者としてか、個人としてか。




 こんな混乱した状況なのに、交代。

 過労防止とは言え、例外だって有るんだし。



「柏木さん、おはよー」

「おはようございます、桜木様」

「初めまして桜木様!賢人です!」


「あ、はい、どうも…」


 ほら、人見知りが出ちゃってるし。


「人見知りか、心配だなショナ君」

「はい、とっても」

「まぁまぁ、さ、引き継ぎをお願いしますね」


 例外措置が、絶対有る筈。

 もし無くても、何か他の事象から引っ張って直談判しよう。




 何かを決意したらしいショナ君、そのタイミングをハナは見て無いし。


 うん、俺が悪かった。


「ハナ、少し良いか」

「おう?」


「エミールとのやり取り、聞かせて貰った」

「あら恥ずかしい」


「ふふ、すまんな。お前が大事な話をするかと思ってな、2度手間を省く為にショナ君にも同席して貰った」

「お、おう」


「上手だったぞ、何か勉強したのか?」


「いや、周りに居たから。病気とか怪我の子供とか、精神科にも通った事も有るし」

「恥じる事は無い、鬱は脳の病気。弱さだけでなる事でも無いんだ、悪い事じゃ無い」


「どうも」

「柏木卿、俺とハナにカウンセラーを付けてくれ無いか。ココの常識を多角的に知りたいんでな、医師はネイハム・サリンジャーに頼みたい」

「はい、承りました」


「うむ、さぁ次はハナの話しだな」


「うん、先ずエミールは大丈夫です」

「はい、お陰様で助かりました」


「うん、で、ホムンクルスの事なんだけども」

「道徳や倫理に反すると、随分昔にクローンやホムンクルスの製造は禁止されているんです」


「だろうと思ったけど、でも資料だけでも」


「それも非常に難しく…」

「魔王を消滅させられるかも知れないのに?」


「それはそうなのですが…上の許可が」

「何で」


「それも言えません…が…もう少し…お時間を下さい」

「柏木さんは反対?」


「いえ、私は桜木様を信じていますから」

「口を挟むが。上とは、国連か?この国か?」


「両方で御座います」

「そうか。ハナ、無色国家は知っているか?」

「ワシが死んじゃう、ワシを全否定しそうな国な」


「あぁ、ハッキリ言って不穏分子だと思っている。召喚者が来たと言う事は、何かしら悪い事が起こる前兆でも有るだろう?それでだ、もし俺が悪巧みをするなら、厄災に乗じて何かする。まして厄災が何かも分からないなら全てに警戒したい、で、その筆頭に無色国家が気になっているんだ」

「それは、ココでは偏見になりますが」


「俺はココの人間じゃ無い。だから見える、気になる事も有る。そもそも、旧米国が何故最初にあんな動きをしたかだ、単純に考えれば何かしらの妨害。では、妨害する意味は何か。そうだな、転生者がココには居るんだろう、それを手に入れた可能性は無いのか?」


「実は、はい。極秘情報なのですが」


 やはり、転生者と言う天才児を手に入れていた。

 しかも、まだ乳児。

 天使が常に付き添い通訳をしているらしいが、単身では動けぬ身。

 しかも両親は教会に所属する人間。


 力を手に入れ、そして更に追加で召喚者も手に入れるんだ。

 国家擁立も汚名返上も何もかもが叶うと、そう無色国家に唆されるのか、利益が合致したに過ぎないか。


「タケちゃん、凄いな」

「いや、俺は目が良いからな。お前に追い付く為にタブレットで勉強してて、思い付いただけだ。で、きっと国連においても反対派と賛成派、そして中立派で割れるだろう、そこで無色国家と繋がりが有れば」

「何かしらを企んでいる可能性を見い出せる」


「証拠保全もな。勿論、俺の杞憂で有れば良いんだが」

「事実で有るなら、大事です。はい、確認させます」


「隠密に」

「慎重に」

「そう言う魔法とか有るの?」


「光学迷彩は確かに御座いますが、隠匿の魔法は一般には禁忌とされていまして。魔道具すら存在していません」

「俺らの使用も不可能なのか?」


「いえ、規制はされていません」

「それはそれで不安では」

「なら厄災後にどうすべきか、議会に上げさせ…よし、先ずは魔道具をどうにかするのが先だな。ドリアード、宛は無いか?」

《有るに決まっておろぅ》


「ならメシだ、牛丼なるモノが食べてみたい」


 今回は日本の牛丼屋へ向かい、ハナに自由にガツガツ食べさせた。

 うん、俺も好きだぞこの味。


「うまかったぁ」

「だな。賢人君、ショナ君の評判はどうなんだ?」

「そうっすねぇ、真面目、機械人間、真面目っすね」


「2回言う程か」

「もうど真面目。凄い心配してたんすよ、人見知りで遠慮ばっかりだって」


「血税ですし」


「魔石でも売るか」

「ほう」

「ちょ、ダメっすよマジで」


「冗談だ」

「ちょっとマジっぽかったけどねぇ」

「そうっすよねぇ」


 ハナは賢人君にもかなり打ち解け。

 しまった、コレだとショナ君が居ない事を寂しがる暇が無くなるかも知れん。

 それは困る、何とかしなくてはいかんのだが。




 タケちゃんに流されるがまま、ニーダベリルへ。


「魔王、クーロン。宇宙に魔石が有るらしい、頼めるか?」

『はい』

「はい、限界まで開いてみますね」


 魔石と聞いて神々がざわめき始めた。

 魔石って宇宙産なのか。


「それで、加工を頼みたいのだが。良いだろうか?」


 それからはもう、魔石が加工出来ると喜んだ職人達が一斉に動き出した。


 隠匿の魔法が使えるマント、ピアス型の通信機、嘘を見抜く魔道具に、見抜かれない様にする魔道具。


 そして性別を変える魔道具。


「何で臍ピアス」

「念の為だ。普通の身体検査には引っ掛からんだろうし、服で見えない、容易に外されない」


「あぁ」

「このまま変装道具も頼みたい」


 髪を切る切らないで女神達とタケちゃんが喧嘩一歩手前に、髪で喧嘩するって。

 まぁ、命とか言われてるんだものな、でもなぁ。


「いや、また伸びるし、面倒だったし」

「すまん、以降は大事にしてくれ。綺麗な髪なのだから」


「へい」


 もう今にも戦えそうな万全の体制になった。


 特に靴とマントは運痴に最適、着地が柔らかくなる。


 楽しい。


「よし、良い感じだな。今回は魔石が対価で良いだろうか?」


 あんなに喜んでいたのに、加工途中で出た小さな石で充分だと。

 それから良く良く髪を大事にと言われ、食事へ。




 ハナが少し落ち込んだ様子に。


 あぁ、俺が役目や仕事を奪ったんだ、すまん。


「ごめんよ、トロトロしてて」

「いや、まだまだ魔素が落ち着いて無いだろう。それにメイメイが地盤を固めていてくれたから、落ち着いて、安心して思考出来たんだ。それに俺はメイメイ以上に心配性でな、コレは念の為で過剰装備になるかも知れん。コレはもうお節介だ、気にするな」

「神獣の事も有ったんですし、仕方無いっかと」


「賢人君、砕けたフランクな喋り方の方が、ハナも打ち解け易いだろうから、頼めないだろうか?」

「良いんすか?こんなんになっちゃうんすけど」

「良い、全然良い、頼む」


「うっす!」




 次は何故か英国へ。


 大きな時計塔の裏道には、上等なコートを着た人間が2人。


『お待ちしておりました』

「すまんな、色々用事が有ってな」


『いえ、ご案内致します』

「頼む」


 時計塔の裏口から、窓のない無機質な長い廊下を歩いた。

 何分も歩いた気がする。


 通信機使用禁止な上に時計して無いので、とても長く感じた。


『お待たせしました、こちらへどうぞ』


 ドア前の警備の厳重さ。

 そして周りの人間の緊張感。


 そうだ、しまった、同じか、王室なのか。

 何で誰も言ってくれなかった。


「どうしたんですか?入りますよ」

「おう」

(ちょ、お、魔王)


(大丈夫ですから落ち着いてください)


「まだ生きていたのね魔王、ごきげんよう」

「お久し振りです女王陛下」


「案内ご苦労でした魔王。そして良く来て下さいました召喚者様方、そして神獣様も」


「李 武光だ」

「初めまして、桜木花子です。こんな夜遅くまでお待たせして、大変申し訳ございませんでした」


「とんでもない、こちらこそお忙しい中を呼び出してしまい。頭を上げて下さい、話は聞いておりますから、我が国の召喚者様が大ケガをなさって居るそうで」


「はい、命に別状はありません、治療中です。動かせませんので、今暫くお待ちいただけますでしょうか」


「勿論、お任せしても良いかしら」

「はい、頑張ります」


「ありがとう、宜しく頼みますね」

「はい」

「おう」


「では、ごきげんよう」


「あぁ」

「はい」

『ではこちらへ』


 扉が閉まり、ようやっと緊張が。

 震えるわ。


「はなちゃん上手でしたよ、立派でしたね」

「うむ、立派だったぞ」

「大丈夫っすか?」

「もうイヤ、帰りたい」

『紅茶でも飲まれていかれますか?』


「もうやだ、一刻も早く帰りたい」

「すいませんねぇ、はなちゃんは正直が取り柄で」


『いえ、驚かせてしまった様で申し訳ございません。お許しください』

「いや、うん、女王陛下と謁見って話して欲しかった」


「え?聞いて無かったんすか?」

「そうか、俺が邪魔したかも知れん。すまんな」

『私は聞いていたとばかり、確認せず申し訳ありません』

「すみません、許して下さい、はなちゃん」


「許さん、ばか魔王と従者め」

「すんません」

「さーせんでした」

『ご主人の手汗しゅごい』


『あの、ご安心を、立派にこなされてました。それで、従者の名簿とエミール様への支援金、通信機等のセットと、タブレットです』


「お、あ、はい、どうも」

『はい、是非とも宜しくお願い致します』


「うん、はい、勿論」

「少し良いか?無色国家の件だ」


『はい、何か接触が?』

「いや、貴公は関わりは有るか?」


『いえ、存在を存じている程度です』


 うん、嘘は無い可能性が有る。

 嘘を言われないと効いているのかいないのか、扱いが難しいな魔道具って。


「前の世界で色々と有ったんでな、何処まで各国に侵食しているのか心配なんだ。静かに深く調査して貰いたい」


『分かりました、お任せ下さい』

「うむ」

「では行きましょうか、はなちゃん」


「あ、待って、名前は?」

『フィラストです』


「フィラストさんのオススメの、この国の美味しいご飯屋を教えて下さい」

『はい、ではエミール様のタブレットと、従者にお送りしておきます』


「うん、ありがとう、じゃ」

『はい、お気をつけて』




 嘘は無さそうだが、無いとは良い切れない段階。

 ただ、従者も居たのだし全く調査しないは無理だろう。


 時計塔の裏手からアヴァロンへ、そして泉を使ってエミールの居る泉に帰った。


 またハナが動けなくなっている、三半規管なのか視覚なのか。


「ミーシャ、知ってた?」

「欧州の人間の女王の事ですか」


「そうだよ、ビックリしたよ…」


「ショナが話したとばかり、ごめんなさい」

「ミーシャは可愛いから許す…次はコッチからもちゃんと確認を…もう、エミールに行って貰うからもう良いか」


『お帰り、エミールはまだ眠ってるよ』

「ただいまエイルさん」


『お腹減った?夕飯が一応有るのだけれど』

「少し食べてしまったんだが。いけるか?」

「おう」

「私はココで、おにぎり食べて待ってます」

「私もココで、行ってらっしゃい、はなちゃん」


 ヴァルハラの晩餐はワイルドだ、謎肉のローストとミートボール。

 芋とサーモンを蒸しか焼きで食べる、味付けは基本的に塩、コショウ、レモンのみ、実にシンプル。


 程好い固さの芳ばしいパン、キノコのクリームスープはエイル特製。


 眠い、前もココで眠くなったんだ。

 運命には抗えないのか、俺の大量と魔素不足か。


「大丈夫かいタケちゃん」

「もどかしいな、まだまだ動きたいんだが」

『ふふ、歯磨きしてからね』




 ふらふらになりながらもタケちゃんは歯磨きをし、自分も一緒に歯磨き。

 それからやっとエミールの元へ向かう。


 静かに様子を確認、魘されるでも無く穏やかに弛んだ口元、規則正しい寝息。


 泉に足を付け、寂しがっていたカールラを頗る撫で回し点滴を見上げる。

 満タン、クーロンはスルスルと心地良い肌触り。


 草の匂いに、水の匂い。






 ふと気が付くとバラの香りのする暗い海に浮かび、漂っていた。

 辺りを見渡すと、少し先に鈍く後光が差す巨大な石の扉。


 目の端で光を捉え、足元に目を向けた。


 水中で光が煌めき、鋭い光に。

 深海の奥深くからの視線が怖くなり、直ぐに目を逸らした。



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