第3話

 婚約のための顔合わせの日まで、ムーア家は大忙しだった。


 カーリーは新しいドレスを身にまとい、父親のクリス・ムーア男爵と母親のクレアも正装してガルシア家に向かう。

 馬車の中で、ムーア男爵はカーリーに言った。

「今日は大人しくしているように。魔法については聞かれない限り、話さなくて良いぞ」

「……はい、お父様」

 父親はいつもより、少し緊張しているようだ。


 もちろん、カーリーも胸がドキドキしている。

「カーリー。アレス様だけではなく、チャーリー様にもご挨拶して下さいね」

「ええ、分かっております。お母様」

 クレア夫人は、震えるカーリーの手に、優しく自分の手を重ねた。

「さあ、そろそろガルシア家に着く。失礼の無いように気をつけるんだぞ、カーリー」

「はい」


 ムーア男爵を筆頭に、カーリー達は馬車を降りた。

 玄関から、ガルシア家のメイドがやって来た。

「お待ちしておりました。ムーア男爵。こちらへどうぞ」

「ありがとう」

 ムーア男爵は、クレア夫人と並んで歩いた。カーリーはその後をついて行った。


「どうぞ席におかけになって、こちらでお待ちください」

 ムーア男爵はメイドに軽く挨拶をすると、古いが手入れの行き届いた椅子に腰掛けた。

 クレアとカーリーも続いて椅子に座った。

 応接室は広く豪華な花と絵画が飾られていた。

 成金趣味というようなことはなく、自然でガルシア家の歴史を感じさせる佇まいだ。


 カーリー達が部屋を観察していると、ドアがノックされた。ムーア男爵達は立ち上がった。

 ムーア男爵より少し年を取っている背の高い男性と、その妻らしき女性が部屋に入ってきた。

「お待たせ致しました、ムーア男爵。ハーマン・ガルシアです。こちらは妻のヘレンです」

 ガルシア侯爵夫妻が手を差しだしたので、ムーア男爵、クレア、カーリーの順で握手をした。

「ガルシア侯爵、ご紹介が遅れました。妻のクレアと、娘のカーリーです」


「はじめまして、クレア・ムーアと申します」

「カーリー・ムーアと申します」

 クレアとカーリーがお辞儀をすると、ガルシア侯爵は笑顔で言った。

「これから、色々とよろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 ガルシア侯爵が、カーリーを見つめて話をした。


「カーリー様は回復魔法と薬草学が得意とのことでしたね」

「……ほんの少し使える程度です」

 カーリーはガルシア侯爵の目を見つめ返した。

 その目には恐怖の色はなく、優しさをたたえていた。

「息子のチャーリーにも、その魔法が効くとよいのですが……」

 ヘレン夫人が呟くように言った。


 その時、ドアが勢いよく開いた。

「お待たせ致しました。アレス・ガルシアです」

「アレス、服に土がついています。こんな大切な日に何をしていたのですか?」

 ガルシア侯爵は、アレスを軽く睨みながら言った。

「ちょっと、森で狩りをしていました。今日はウサギを捕まえました。ほら」

 アレスは矢で射貫かれ、ぐったりとしたウサギを得意げに持ちあげた。


「……おや、そちらの方々は?」

「ムーア家の方々です。今日は婚約のための顔合わせだと言っておいたはずですが」

 クレア夫人がアレスをたしなめるように言った。

「……失礼致しました」

 アレスはウサギをメイドに渡すと、服の汚れを払ってお辞儀をした。

「兄にはもう会ったのですか?」


 アレスがヘレン夫人に尋ねた。

「それは今から案内するところです」

「そうですか」

 アレスはそう言った後、カーリーのことを無遠慮にジロリと見ていった。

「可哀想な婚約者はこちらの方ですか?」


「……え?」

 カーリーがとまどっていると、アレスは自嘲するように言った。

「こんな乱暴者に嫁ぐのは、大変でしょう」

「アレス、そんなことを言う物ではありません」

 ガルシア侯爵が眉をひそめて言った。

 

「それでは、兄を紹介致します。こちらへどうぞ」

「はい」

 アレスの案内に従い屋敷の中を歩いて行く。

 アレスは日当たりの良い部屋の前で立ち止まりドアを優しくノックした。

「兄上、私の婚約者が来ました。ご挨拶してもよろしいでしょうか」

「はい、今行きます」

 少し高い声で返事が返ってきた。


 ドアが開けられると、そこにはガウンを羽織った青年が立っていた。

 その姿はまるで天使のようで、金色の髪と青い目が美しく輝いていた。

 カーリーは思わずため息をついた。

「カーリー様、兄のチャーリーです」

「はじめまして、カーリー様。こんな姿で恐縮です」


 チャーリーは優しく微笑んで、カーリーに手を差し出した。

「いいえ、お気になさらないで下さい」

 カーリーはチャーリーの手をとった。

 チャーリーの透けるような白い肌は、なめらかな大理石を思わせる冷たさだった。

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