カーテンコール
万雷の拍手がホールを揺るがしていた。
フィナーレの曲が優しく奏でられ、照明がゆっくりと消えていく。
やった、やり遂げた――喜びと達成感が全身を震わせて、ともすればその場に崩れ落ちそうになるのをぐっとこらえ、私は最後のセリフを言い終えたポーズを維持したまま、緞帳が完全に降りるのを待つ。
琴子と出会い、岩手まで旅したあの夏から三年が過ぎた。
岩手から戻った私はその足で座長に会い、劇団への復帰を願い出た。返事はノーだった。まあ、あれだけの大ポカをやらかしたのだから当然ではある。
けれども座長は一つチャンスをくれた。後輩が運営している別の劇団――もといた劇団よりもはるかに小さな――に所属できるよう取りはからってくれたのだ。
そこで結果を出した私は元の劇団に復帰、そこでも認められて、この夏、ついに主演を手にした。
今日はその千秋楽。その最終幕も、間もなく終わろうとしている。
分厚い緞帳が舞台と客席を隔てていく。喝采が次第に遠くなる。いつまでも聞いていたい気持ちと、すぐにでも舞台袖の仲間たちと成功を分かち合いたい気持ちがせめぎ合う。
今、完全に幕が下りた。
演技を終えた私は仲間たちのところへ駆け寄るつもりだったけれど、体力の限界に達して、糸が切れたようにその場にへたり込んだ。
「お疲れ様でした!」
「やったな! 大成功だ!」
仲間たちが舞台に飛び出し、喜びを爆発させた。みんな連日の公演でへとへとのはずなのに、表情は底抜けに明るい。
私もその輪に交ざりたかったけれど、足が震えて立ち上がることができない。
と、
「お疲れ。いい演技だったぞ」
背後から穏やかな声と共に、水の入ったペットボトルが差し出された。
「座長」
「とりあえず飲め、喉も枯れてるだろ」
その通りだった。ありがたくペットボトルを受け取り、私は一気に半分以上を飲み干した。
「ぷはあ! 生き返った……。ありがとうございます」
ようやく一息つけた――と思ったら座長が笑い出した。
「なんで笑うんです!? もしかして私、何かやらかしました?」
「やらかしてたら笑わねえよ。違う違う。あのヘタレが立派になったなあって思ってさ……」
「座長が見捨てないでくれたからですよ」
「それは違う。まあ確かに? 優しい俺様の配慮がなければ、お前の復帰も今の人気もなかったわけだけど?」
おどけてそう言ってから、座長は真剣な顔になった。
「……三年前、復帰したいと言ってきたときすでに、お前は以前とは別人みたいな目をしていた。他の連中の手前すぐに許すことはできなかったが、あの時点で俺には、お前が大物になるという確信があった。……なあ、一体何があったんだ?」
「友達に誓ったんです。世界一のスターになるって」
「ほう? で、その友達は?」
「亡くなりました。三十年前に」
「そうか……」座長は一度悼む表情をしてから「ん?」と首を傾げる。
しまった。舞台が終わって気が緩んでいたのか余計なことを言ってしまった。
「仲谷お前今、三十年前って言った?」
「き、聞き間違いですよ」
「いーや、確かに三十年前って言ったぞ」
座長が興味津々、顔を寄せてくる。
ごまかさなきゃ。でも何も思い付かない。困った。
と、
「仲谷さん、カーテンコールお願いします!」
スタッフの声を幸いとばかり私は立ち上がった。
「はい! すぐ行きます!」
「あ、仲谷逃げるな!」
私はスタッフさんにペットボトルを預けると舞台袖へ周り、そこで一度足を止めた。
ステージにはもう、私以外の出演者が勢揃いしている。
客席からは鳴り止まない拍手と歓声。主役の登場を見逃すまいとする視線。
そのまっただ中へと、私は飛び出していく。
「みんなーっ! ありがとーっ!」
ゴーストフレンド・ファンタスマゴリア 上野遊 @uenoyou
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