第16話 本気の四騎士

 狩哉達が戦慄したのは、茜の背に浮かび上がるものに対してだ。


 火のように赤い蛇――


 あるいは竜の首が、茜の背から蝶の羽根のように、放射状に生えているのだ。


 ゆらゆらと揺れる首の数は七つ。


 ただし、その七つの顔は成竜と呼ぶには幼く、小さい。

 愛嬌があって可愛らしくもある。


 それでもそのアレゴリーの名と権威は、狩哉達に底知れぬ、敬虔なる恐れを抱かせるものだった。


(あのちっこいのが、ここまで大物だったとは……)


 その者には複数の名と由来、そして属性がある。


 地に投げ落とされた悪魔達の王。

 

 黙示録の赤き竜。


 イヴをそそのかした原罪の象徴。


 人の心を試し、信仰を試す究極の『悪戯』の王――


『古き蛇』。


「初めまして、敵対者さん」


 不敵に世音が告げる。


 ――そう。


 古い言葉で『敵対者』を意味する、茜の真の名は。


「お前、サタンだったのか!」


 狩哉は大真面目に告げた――が、何故か空気が冷えた。


(あれ……?)


 至極真っ当なことを言ったはずが、スベった感じになった。


 小坪が残念そうな顔で狩哉を見つめている。


「狩哉、我々が言うのも切ないですが、マイナーな私達四騎士とは違って、どのジャンルでもサタンネタは豊富ですから……」


「本人目の前にしても、たくさんパロディネタが浮かんじゃうね」


 サブカルに毒された小坪と弓華が苦笑する。


 一般人に近い感覚の狩哉ですら、「確かに」と色々思い浮かぶ。


 人気バトル漫画に出ていた、バカと格闘の世界チャンピオンを筆頭に。


 ――少しばかり畏怖の心が飛んでしまったが。

 相手がサタン=古き蛇であることには変わりは無い。


「……先輩達、落ち着くのか畏れるのかどっちにしてくれませんか。結構アレゴリーの中でも怖い方なんですけど私」


 ガムテープを派がしながら茜が呆れると、背中から出た七つの竜の首も同時に嘆息した。


 感情が連動しているらしい。

 コミカルでちょっと微笑ましくなってしまったが、笑うわけにはかない。


「茜……お前は自分が何者であるか、はっきり分かったってわけだな?」


「おかげさまで。何だかとっても晴れ晴れとした気分です。元旦に晴れ着に着替えて、神社に初詣に行くみたいな」


「人類の敵が新年を神道式に祝うな」


 小ボケに軽いツッコミを入れる狩哉だが、茜の今までに無い余裕の表情から溢れる威圧感は、四騎士の誰をも超越する凄絶さだ。

 

「強いストレスは人間でもアレゴリーでも、失われた感情を爆発させる鍵になるようですわね……あのお調子者達、自分が何を目覚めさせたかも分からないまま……」


 茜の周囲を気にしながら、小坪が呻く。


 そういえば茜を襲っていた生徒達の姿が無い。

 忽然と消えてしまっている。


 終末の空隙(エスカ・トロス)は、発動すればその周囲にいた生き物や人間を巻き込み、引きずり込むはずだが、茜の一番側にいた彼らがいない。


 ということは、彼らはすでに――。


「茜ちゃん、やっちゃったんだね……」


 悲痛そうに弓華は両の拳を握りしめて、部活用の弓矢を背中から下ろした。


 狩哉も竹刀を握りしめ、構える。


 小坪は手ぶらだ。


「はい――私、本格的に人類の敵になっちゃいました。さあ、みんなおいで」


 子供らしく茜がはにかむと、終末の空隙(エスカ・トロス)を構成するいくつかの星々がぐねぐねと変形し始めた。


 煌めくある星には人の手が生え、ある星には獣の足が生え、ある星には鳥の頭部が生え、進化の系統樹には決して含まれない異形の者達が、実体を得ていく。


 ――美しい女性の姿をした悪魔、グレモリー。


 ――豹の頭に人間の姿をした悪魔、フラウロス。


 ――巨大な孔雀の姿をした悪魔、アンドレアルフス。


 ――竜にまたがり、片手に毒蛇を握った妖艶な悪魔、アシュタロト。


「ほー、地獄の悪魔どもか……! 見るのは久しぶりだな!」


 狩哉は興奮し、警戒する。

 長く忘れていた『戦争』を司る血が騒ぐ。


(と思ったら、あれー……)


 興奮も軽快もすぐに薄れた。


 茜自身、呼び出した悪魔達を見て目が点になっていた。


「グレモリー! なんて格好してるの!」 


「急に呼び出されたから着替える時間が無かったんですぅ~」 


 美女悪魔グレモリーは指先まで隠れるラクダ柄のピンクのパジャマを着て、枕を小脇に抱えていた。


「フラウロス! 何でマントとレスラーパンツはいてポーズ決めてるの!」


「すみません、孤児院を守るバイトをしていたもので……」


 豹頭の悪魔フラウロスは、どうやら覆面レスラーをしている。虎じゃないのが惜しい。


「アンドレアルフス! 目が死んでる!」


「ア……む……アンドレアルフスです」


 孔雀の悪魔アンドレアルフスはいきなり噛んだ。


「アシュタロト! くっさいよう!」


「三百年ほど風呂入ってないです」


 妖艶な悪魔アシュタロトは全身カメムシみたいな臭いがした。


 誰も彼もグダグダだった。


「と……とにかく! 私はこの子達と、すぐにでもこの世界に終末をもたらすことに決めましたから! 四騎士の先輩達も、邪魔をすれば排除しますのでそのつもりで!」


 茜は居心地悪そうに仕切り直すが、全く格好はついてない。


 悪魔達は「ふーやれやれ」などと言いながら、臨戦態勢でこちらを向いている。


 気が抜ける一方だが、狩哉は一応世音の顔を窺う。


「……あー、世音。状況が状況だから、やらせて貰うぞ? いいな?」


 世音は「そうね~」と煩悶する振りをしていたが、すぐに力強く頷く。


「ま、いいか――終末の空隙(エスカ・トロス)展開、承ー認!! 目標は黙示録のアレゴリー『古き蛇』と悪魔軍団の纖滅!」 


「了解っ!」

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