第10話 身辺捜査

 麦茶片手にのんびり歴史番組(大物司会者が城跡を散歩するやつ)を満喫するつもりだった狩哉の予定はあっさりキャンセルカルチャーされ、四騎士総出による真田茜の身辺捜査ミッションが、早速始まった。


 捜査といっても、相手の素性がまず知れない。

 どこに住んでいて普段何をしているのか。

 校内での評判はどうか、行動範囲はどこからどこまでか。


 などなど、付けまわしたり、周囲に聞き込みを入れたりして調べるぐらいしか今は出来そうに無い。


 アレゴリーとして、四騎士としての能力を捜査で駆使することは世音に止められている。

 もっとも、狩哉達には使おうと思っても使える能力が無い。


 破壊に特化した力のみを授けられた四騎士達には、親切な天使や狡猾な悪魔達のように人間を喜ばせ、つけこむスキルなど皆無である。

 おかげで特定の人間や土地を守護した経験も無いし、召還の儀式で呼びだされたこともとんと無い。

 四騎士は潰しがきかない職業なのである。 

 頑固一徹同じ技術だけを研鑽してきた職人のようなものだ。


 今やっていることだって実質は良くても探偵、悪くてただのストーカーだ。

 使命以前にコンプラ上の問題がある。


 もし捕まったら恥ずかしいではすまないが、もうそれはそれで変態として楽になれるかもしれない。

 厭世にもほどがある。


 そんな暗澹たる気分で迎えた放課後。

 茜のクラスを訪れた狩哉達は首尾良く茜を発見し、こそこそと身を隠しながら、一人で帰宅する茜を尾行していた。

 友達はいないようだ。

 アレゴリーあるあるだ。


 四人だと目立ちすぎるので弓華と無無美とは一旦別行動を取り、後から合流することにした。

 弓華達には帰宅途中の生徒に茜の話を訊く、という地味な諜報活動に勤しんで貰っている。


 ここで得られたチームワークが、いずれ来たる終末の破壊活動の予行練習になっているのかもしれない。


(なんてことは、さすがに無理があるよな!)


 狩哉のポジティブシンキングは元気いっぱい自ら否定された。


 四騎士が女子高生をストーキングしたエピソードなんて、どんな聖典・外典・儀典にも載せてもらえない。

 いかがわしい雑誌か、まとめサイトの記事がいい所だ。


「汚れ仕事の方を押しつけられていませんか、私達」


 隣で隠れる小坪が呟く。 


 帰宅中、地方に支店を拡げる大型スーパーに入店した茜を狩哉と小坪は追ってきた。みそ・しょうゆのコーナーに隠れながら、ソフトドリンクを選んでいる茜を観察する。


「女子中学生追跡するのも裏で調べるのも、そんなに変わんねーよ……どっちも犯罪だ」


「それはそうでしょうけど、こそこそ姿を隠してると惨めな気分になってきますわね」


「半額の菓子パンまとめ買いしようとしたお前が言うことか?」


 時間が夕刻に差し掛かっているため、賞味期限の近いパンの値段が安くなっているのだ。


 ワゴンで投げ売られていた菓子パンの山は、小坪の目には金山に見えたらしい。


「購買で買えなかった分を補充します!」


 とカゴを持ちだした小坪を、狩哉は体を張って止める羽目になった。


「それぐらいの役得が無いと、やってられないじゃありませんか……」


 小坪がぷいと口を尖らせる。


「気持ちは分かるけど、やることやっておかないと世音にどやされるぞ……あ、そうか。お前って確か、俺の知らない所でストーカーやってたんだっけ。得意分野じゃないのか?」


「そ、それを口にすることは狩哉と言えど許しませんよ! それに、私は自分をストーカーなどという厚顔無恥な存在だとは思っていませんから。ただ、あの方に一日百通のお手紙を届けたりしただけですわ」


「メールの無い時代によくそこまでやったな……今じゃ天上でも仕事のやりとりはAメールだってのに」


 AメールとはAngelメールの略であり、量子暗号通信を用いた天上の最新通信ツールである。人類はまだ実用化していないはずだ。


「ふふ、『愛』を司る騎士の力ですわ」


「お前が司るのは『飢餓』だろ。身分詐称するな」


「愛に飢えているという意味で受け取って下さい」


「返しが辛いわ」


 胸を張って言える小坪の心境を、狩哉は理解し難い。


(愛なんてもんが本当の意味で機能してれば、俺らの出番も無いっつーの)


 それを失っているからこそ、人間は終末を待望するのだろう。


 ……ストーカーと世界の終末を、同じカテゴリーの問題として考えるのはちょっと違うかもしれない。


「狩哉、ご覧下さい。様子がおかしいですわ」


 突然小坪が、狩哉の肩を揺すってきた。


 即座に茜の方を見る。


 一リットルの牛乳パックをその小さな手に持った茜が、周りを見回していた。

 ただならぬ気配を発している。

 狩哉はしょうゆの瓶に隠れながら、茜の一挙一動から目を離さないようにした。


「何をする気でしょう……? あの牛乳に毒物を混入するつもりでしょうか。ペプチド系の神経毒とか」


 小坪の具体的すぎる発想は無視。

 茜は再三周囲の様子を気にしながら、牛乳パックを凝視する。


 新しく補充された牛乳は前の方に、古い牛乳は左後ろの方に配置されて『割引三〇%』のシールが貼られているのが、狩哉の方からも見えた。


(まさか、本当に毒を入れるとかしないだろうな……)


 新しい牛乳と古い牛乳を見比べていた茜は、目にも留まらぬ早さで――。


 シールを貼り代えた。

 つまり新しい牛乳に、お勤め品の聖像(イコン)、三〇%引きのシールを貼った。


「…………」


「…………」


 一枚では飽きたらず、あらゆる三〇%引きのシールを茜は新品の牛乳に貼り続けていく。


 町工場の流れ作業のように手早く、手慣れていた。


「……尋常じゃないほど地味な悪行ですね」


「ああ、そのくせ悪質だ」


 これでは店側は、せっかく並べた新しい牛乳を定価より安く客に売ることになってしまう。

 今日の営業成績には大きな打撃であり、店長はSVに非道い叱責を受けるだろう。


 また客は客で、運が悪ければ古い方の牛乳を定価で買わされてしまい、少なくてすんだエンゲル係数を大幅に上昇させてしまうことになる。


「しかし何故あのようなことを……万引きならまだしも店舗と客を両方困らせた所で、あの子には何の役得も無いでしょうに」


「確かに、目的が分かんねーなあ。ガキの悪戯だ」


 分別のつかない小学生ならともかく、高校生がやることではない。


「これもゆとり教育のたまものでしょうかね。先が思いやられますわ」


「お前の言うゆとり教育っていつから始まってんだよ」


「楽園を追放されたあたり?」


「殆ど最初からじゃねーか」


 誕生直後から人類はゆとっていたらしい。

 最初からゆとり世代。

 悟り世代はまた宗教が違う。


(間違いでは無いか。そのゆとりを終わらせるために俺らがいるんだしな)


 肯定してはみたが、さすがに拡大解釈しすぎだ。


「あ、行っちゃいますよ、あの子」


 シールを貼り代えつくした茜が、にんまり満足そうな笑顔を浮かべて売場を離れていく。

 商品は何も手にしていないし、懐に隠したような動きも見せなかった。


 今更だが、狩哉達のやっていることは万引きGメンそのものだ。

 こういう仕事のほうが役立っている気はする。


「追いかけますよ、狩哉! あの子の目的が何なのか、ちゃんと掴まないと!」


 小坪は鼻息を荒くして立ち上がり、ちょこちょこ膝下だけで小走りに進む。

 狩哉もその後ろを追うが、余計に目立ってしまっている。


「お前、ひょっとしてテンション上がってきただろ」


「なんかわくわくしてきました、刑事ものみたいで。黙示録特命係なんてどうですか。狩哉のポジションはミッチーでお願いします」


「それぐらいにしとけ中二病腐女子」


 ぴしゃりと狩哉は告げる。

 その気になった小坪には常用日本語が通じない。


 以前からそうだが、小坪と無無美は日本のコミックや小説、アニメやドラマに精通しすぎてのめり込んでいる。


(現実と創作の区別がつかないこういうヤツのために、人間は非実在青少年を保護して、有害な文化を規制すべきだな)


 実在四騎士の狩哉は思う。


 下らない想像をしていたら茜と小坪の姿が視界に無かった。

 慌てて追いかける。


 現実は創作より厳しく早く、天の使いだろうと待ってはくれない。

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