第9話 仏跳墻

「ば、バレたっていうか、責められたというか……」


「私達も突然告げられたのですよ……対応する間も無かったのです」


 むくれながらもびくびくしている小坪。

 弓華もこくこくと必死そうに頷く。


「マスターも知らない子なのね~?」


 無無美は美味しすぎて僧侶も跳び出すというスープ、仏跳墻(ファッチューチョン)をすすりながら訊く。

 僧侶どころかアレゴリーも夢中になる料理だったようだ。

 料理名に仏とか付いているが、色んな意味で気にしてはいけない。


「茜ちゃんねえ。知ってたらここに呼び出してるけど」


 世音が茜を知らないのは意外だった。


 狩哉は、世音が茜に何か吹き込んだのではないかと疑っていたのだ。


「私は、世音があの茜という子と共謀してるのでは、とも考えていましたが? ただの人間にいらぬ霊智(グノーシス)を吹き込んで、私達を陥れようとしているのかと」


 小坪も同様の疑念を持っていたようで、はっきり告げる。

 しかし、世音は鼻で笑う。


「あり得ないわね。黙示録のアレゴリーが実在するなんて、一般の人間に知らせるわけにはいかないもの」


「その方が俺らを扱いやすいってことか?」


 独占意識というものだろうか。ドS特有の。


「ま、それもあるけど。世界の終末の兆し――アレゴリーが目に見える形で存在するなんて知ったら、人間は勝手に、自分で自分達の世界を終わらせちゃうわよ。無意識的に終わりを望んでいる人間は、決して少なくないんだから」 


「えへへ、僕達ってそんなに人気者なのかな?」


 ちょっと嬉しそうな弓華。


「アンタ達の存在が、黙示録として世に出てからの人類史を知らないの? 世界を終わらせたくてたまらない人達なら、星の数ほどいたでしょ。ハルマゲドンを待望して強調して、みんな死んじゃえって人達が」


「…………」


 狩哉達も、知らないわけでは無かった。


 この世界に絶望し、救いを求めるあまりに早急なリセットを望む人間達を、四騎士の面々は天上から幾度も見下ろしてきた。


 迫害に絶望し。


 戦争に絶望し。


 科学に絶望し。


 人間に絶望する。


 救世主を再臨させるために、終わりを早めたいがために終末の訪れを宣教し、最後の戦いのために大量の兵器の保有を訴える。


 人が自ら産み出した閉塞状態に耐えきれず、集団自殺を行ったカルト的な者達も多い。


 今もなお、隣国同士で侵略戦争が行われている。


 いずれも狂信と呼ぶには哀れな現実を許容出来なかった者達の焦燥に、黙示録の終末描写が過剰に働きかけた結果であった。


「……俺が言うことじゃないが、ゴールが見えるなら、早くたどり着きたいって思うヤツもいるんだろーな。『今』がつれーんだからよ」


「まったく脆弱なことにね。終末を望みながら、終末を生き延びる者にはなりたい。矛盾した人間の心には、アンタ達アレゴリーの説得力は刺激的すぎるのよ。一人だけでもトンデモなのに四人もいるし」


「そっか――悲しいな、終わりが希望だなんて」


「実際に終わらせるのは貴方と私達ですよ……」


 弓華のすっとぼけっぷりに小坪は呆れる。

 その声に仄かな憐憫が籠る。


「そんなこと、私が許さないしさせないけどね」


 世音の残酷な冷笑。

 否、魔笑。


 繰り返すが、全人類の命運はこのちっぽけなドSに握られているのだ。

 それもお昼ご飯ついでに。


(握られている俺らが駄目駄目すぎるんだけどな……)


 やれやれだ、と憂いながら弁当を完食した狩哉は、「ごちそーさん」と両手を組む。


「お粗末様でした」


 と弓華も頭を下げる。

 

 ――平和である。


 縛り付けられた結果だが。


 偽りの平和の主(デーミウルゴス)たる世音が、渋い顔をした。


「しかしその子、私の知らないアレゴリーなら、放っておけないわね……人間でありながらアレゴリーを知ってるなら、それも放っておけないし……」 


 狩哉達一人一人の顔を睨めつけるように眺めた世音は、最後に小さく「ふむう」と老獪に呟いて頷く。


(あー嫌な予感がする……『あの実を食べてはいけない』って言われたアダム達を見たときぐらい超不吉なフラグ臭がする……)


 他の三人も同様、凶兆を感じ取って顔が青い。無無美だけは興奮で頬が紅潮している。


 ――『蒼』の騎士のくせに。


 無言で待っていると、沈思黙考していた世音が突然立ち上がった。


「決定! 四人とも、その茜って子の動向を調査して報告しなさい! 期限は三日以内! それを過ぎれば、各々新しい心の傷が増えると知れ!」


 屹立するシナイ山の如く、雄々しいオーラを放っている世音。


 勿論狩哉達が、拒否権を行使出来るわけが無い。


(逃れられないんだなー……)


 すがすがしいまでの虚しさに襲われながら、俯いている狩哉達の中で、


「はい喜んでー!」


 無無美だけが居酒屋ノリで張り切った。


(死ねばいいのに)


 狩哉は『死』の化身に対して思った。

 マジで。

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