第7話 四騎士会議
「あー、その子なら弓道部にも来たよ!」
週の真ん中、土曜日が待ち遠しい水曜日。
一時限目の古文の授業が終わってすぐに狩哉は、弓華のクラスを訪れた。
休み時間に弓華に会いに行くとクラス中の男子に冷たい目で見られるが、背に腹は変えられない。
廊下に呼び出しても、男子達は教室から様子を窺っていた。
狩哉は昨日きりたんぽ鍋を食べ終えた後、ずっとあの茜という生徒について考えていたのだが、他の四騎士に報告してみるかどうか悩んでいる内に深夜を過ぎてしまい、そのまま寝てしまった。
夜分にメールするのは先方に迷惑だろうという、『戦争』を司る騎士には似つかわぬ気遣いだった。
「お前の所にも来てたのか、あのガキ」
「うん。練習が終わって帰ろうとしたら、急に僕に近づいてきて『使命を果たして下さい』って……僕が『第一の白い騎士』で、『勝利』を司るってことも知ってた」
声を潜めながら、狩哉の耳に弓華が囁く。
「そこまで知ってるのか……この学校の生徒なんだよな? お前、前に会ったことあるか?」
「ううん、喋った覚えも無い。茜ちゃんだっけ。後輩みたいだけど、校内探せば会えるんじゃないかな」
「うーん……」
探すべきだろうか?
先日のような騒ぎに巻き込まれるのはごめんだった。
「私も会いましたよ、その子」
悩んでいると、いつの間にか小坪が隣に立っていた。
「うわ、いたのか!?」
「ついさっきからですが。私達も、あの子のことはまずこの四人で話さねばならない、と思いまして」
小坪の背後から「ザ・グレイトフル・デッド!」と人差し指を突き出しながら、無無美も現れた。
「何を言っているのか全く分からん」
「死を司る能力者的な繋がりよ暗殺チーム的な意味でも。ただし私の標的は人類全体ですみたいな。直は素早いんだぜパワー全開だ」
「余計分からなくなった」
「ついでだけど、私の所にも来てたの、その茜ちゃん。かわいーかったなーふぇっふぇっふぇ」
思い出しながらテンション急上昇の無無美。
下品な笑い声が廊下に響く。
冷たい気を放っていた男子達は、視線を逸らし始めた。
(恨まれるのか距離を置かれるか、どっちかしか無いのかな、俺の交友関係って……)
無常な運命に落ち込んでいる場合では無い。
むしろ今は、無関係な生徒に距離を置かれておいた方が話しやすい。
「じゃあ、あの茜ってのは俺達全員の所に現れてるんだな……小坪、無無美、何か気になることは言われたか?」
「狩哉達と同じです。『どうしてさぼっているんですか』ですって。全く失礼な後輩があったものです」
小坪は憤慨しながら、三十センチはある特大揚げパンをポケットから取り出して貪り始めた。
「小坪ってば、はしたないわねえ――私も似たような感じのこと言われたわよ。『使命を果たさない先輩に、死の騎士の名は勿体ありません』って……鋭い棘がびしびし刺さるわー……あふー」
ピンク色の吐息が混ざる無無美。
「ムーにだけは、はしたないなんて言われたくないですね……ごきゅん」
小坪は早くも揚げパンを頬張り終える。
ぶっちゃけどっちもどっちだ。
「アレゴリーが何であるかも、誰が四騎士なのかも、あの茜ってガキは知ってるってことだな」
「みたいだね。あの子も僕達と同じアレゴリーなのかな? 四騎士以外の」
「その可能性もあるけど、世音っていう例外もあるしな」
「それに、アレゴリーが他のアレゴリーの存在に気づけるかどうかも分かりませんわよ。私達だってあの鬼畜醜女に集められて初めて、互いが四騎士だと気づいたじゃありませんか」
小坪の言う通りだ。
四騎士は互いに本来の姿は知っているが、仮の姿としての人間体までは把握していなかった。
世音に脅迫と監視の対象として一つの部屋に集められて初めて、この学校に四人全員が入学していたことを知ったのだ。
あのとき同窓会気分になった狩哉は、
「久しぶりだなお前らー!」
とはしゃいだ挨拶をしてしまい、小坪に顰蹙を買った。
アレゴリーは自分の使命を果たす時期ぐらいは分かっても、他のアレゴリーの存在を感知出来る訳ではないらしい。
「結局何者なんだ、あの茜ってのは?」
狩哉は呻くが、三人は同時に首を傾げる。
狩哉も首を傾げて思案するが、さっぱり分からない。
答えを出せないでいると、廊下を通りかかった坂月先生に声をかけられた。
「あらみんな。今日も仲良くお喋り? そろそろチャイムが鳴るから、授業に遅れないようにね」
教材とプリントを小脇に抱えた先生は、にこやかに微笑みながら歩き去って行こうとする。
「あー先生、待って! ちょっと聞きたいんすけど、真田茜って生徒知ってます? 俺らの後輩だと思うんですけど」
狩哉が訊くと、怪訝そうに先生が足を停めた。
「真田さん……? 彼女なら、朱見くん達の一つ下よ。まだ一年生。私も授業教えてるんだけど――心配ね」
「何か困ったことでもあるのですか? 授業中ホットケーキこっそり食べながら同人誌のネーム切るとか」
「そんなんお前だけだ」
小坪のネロ的蛮行の告白に、先生も苦笑する。
「最近、学校を休みがちみたいで……あまり授業でも顔を見ないの。真面目な子だから、何か悩みがあるんだと思うけど。みんな、真田さんと知り合いなの?」
知り合いというか、正体を掴まれている。
そして脅されている。
狩哉は返答に困る。
「弓道部に来てたので、入部希望かなーと思ったんです」
空気を感じ取った弓華のグッド対応。男だが本当にいい女だ。
「そう……もし真田さんと仲良くなれたら、お話聞いてあげてね。それじゃあ、私も授業があるから」
「はい、どうもっす」
笑んで去っていく先生に、へらへら腰を低くして狩哉は会釈する。
着々と愛想笑いが身に付いてきていた。
――騎士の威厳なんか欠片も無い。
結局分かったことは、不登校気味な女子生徒の個人情報だけだった。
「仲良くなれたら良かったのにね……同じアレゴリーなんだから」
遠い目で、最終回のような言葉で締めようとする無無美。
色んな意味で終わらせたいが、何も終わっていない。
「ムーが普通のこと言うと、不純な臭いしか感じないですわね」
呆れる小坪に同意しかけたが、
「三次元なのが趣味に合いませんが、百合は見る分には悪くないですね」
と続けるあたり、やっぱり同類だ。
もうやだこの四騎士。
余計に疲れた狩哉が、とりあえず教室に戻ろう、と提案しようとすると。
弓華が無言で、寄る辺の無い瞳で窓の外を見つめていた。
心無しか、裁きを待つ罪人のように体が震えている。
「どうした弓華?」
「あ、ごめん。誰かに見られてた気がして――なんだか、とっても怖い感じの視線」
「本当か……? 気を付けろよ。誰が見てるか分からないし」
勘のいい弓華のことだ。
第一の騎士だけあって、何かあれば最初に気づくだろう。
「うん。でも大丈夫、気のせいだと思うから。心配してくれてありがとう、狩哉」
弓華が無理やり笑顔を作り、腕に絡み付いてきた所でチャイムが鳴った。
助かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます