第4話 蒼白い騎士とヨハネ黙示録

「遅いわよバカども。集まれっていったら、終業のチャイムと同時にここにいなさい」


 部屋に入るなり狩哉達は、横柄な暴言と横暴な要請を浴びせられた。


 校舎の三階奥、目立たない位置にある、人が寄りつかない狭い視聴覚準備室。


 そこが世音が陣取る王の間にして、狩哉達の牢獄である。


 学校トップの成績を誇る優等生の世音は「友達に勉強を教える」という名目の下で、担任から特別に視聴覚準備室を利用する許可を得ているのだ。


 窓際に置かれた教員用のデスクでふんぞり返った世音は、氷柱のように冷たい、鋭すぎる目でじっと狩哉達を睨んでいる。

 嘆きの川(コキュートス)にでも落とされた気分だ。


 小坪と弓華を庇うように前に出た狩哉だったが、腰が退けていたせいで転びかけ、逆に二人に背中を支えられる始末だった。


「い、いやあ、無無美のヤツと連絡取れなくてさ……学校の中にもいないみたいだし……」


 しどろもどろに説明すると、


「いるわよ、ここに」


 世音があっさりした口調で告げ、床を指さした。


「あ?」


 狩哉達は体を傾け、デスクの陰をのぞき込む。


(…………これは無い) 


 最初は巨大な猫かと思ったが。


 それは少女だった。

 

 世音の足下で体を胎児のように屈め、靴を縫いだ世音の左足で背中をげしげし踏まれながら――


 恍惚とした表情で、世音の右足の指を揉んでマッサージしている。


 薄めた葡萄酒のような蒼みがかったショートカットに、感情が読めない細い瞳。


 校則違反の短すぎるスカートに、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んだ均整の取れた体。


「この背中にかかる重力が……イイ。まさにこの世の理想郷(アルカディア)なりね」


 とろけそうな声で口走るこの少女こそ、連絡が取れなかった最後の一人、蒼木無無美(あおきむむみ)だった。


「む、ムー!?  あ、貴方、なんてはしたない格好を!」


 小坪が目を剥き、声を荒げる。


「あはぁ小坪、来てたのね? わっはー」


 踏まれたままの無無美が、荒い吐息混じりにこちらを見る。


「来てたのね、じゃ無いでしょう! メールも電話も何度もしたんですよ!」 


「うん、気づいてたんだけどねえ、ごめんね。出るタイミング失っちゃって」


(タイミングってなんだよ……)


 単に夢中になりすぎて――踏まれることに――電話に出なかっただけとしか思えなかった。


「無無美なら、授業終わってからずっと私の足の下にいたわよ。ふん、このゴミ箱」


 世音はつまさきで、無無美の首筋付近を踏みつけた。


「いやーん、マイマスター……そんな本当のことを……」


 照れながらほんのり涎を床に垂らす無無美を見て、弓華は納得した目つきで腕を組む。


「さすが無無美ちゃん、僕らが出来ないことを平気でやってのけるね」


「そこに痺れたり憧れたら負けだ、弓華」


 誰が見てもただの真性ドMである。


「ムーのバカ! 心配したんですからね! 貴方なんてもう私の親友じゃありません!」


 小坪がポケットに手を突っ込み、チーズ蒸しパンの袋を取り出した。


(わ、バカ……そんなことしたら!)


 狩哉が危ないと思ったときには、すでに小坪はそれを思い切り無無美に投げつけていた。


 ジュッ、と焦げるような音がした。


「ちょっとー小坪、危ないじゃないの? 私はいつでも小坪の友達のつもりよ?」


 細い瞳をさらに細くした困り顔の無無美の体表には、うっすらと蒼白い電流のようなものが走っているように見える。


「うう、ムーめ……こしゃくな真似を」


 投擲されたチーズ蒸しパンは、無無美にぶつかると同時にこの世界から姿を消した。


 正確には僅かな炭とイオン臭と化した。


(さすが『四番目の蒼』……だが無無美が許しても……)


「へ~……」


 と、無無美の背中から足を下ろした世音が、小坪を睨みながら冷笑している。


「こんな近距離で……私にぶつかったらどうするつもりだったのかしらねえ?」


 室温が一気に下がった。


「こ、小坪ちゃん、謝った方がいいよ!?」


 ちゃっかり狩哉の背中に隠れる弓華。


「な、何故ですか!? わ、私は何も悪いことしてないですし!」


 声が上擦っている小坪。


「小坪、この私を待たせた上に謝罪も無しだなんて。その口は何のためについてるのかしら。菓子パン食べるだけならそこらの野良猫でも出来るわよ。どうせ今日のお昼もか弱い生徒達から略奪したんでしょ。まあ猫は見てるだけでも癒されるけど、アンタ見てても嫌悪感しか沸いてこないわね。むしろ嘔吐感? 違和感? なんていうんですか背徳感? その巨体にどれだけの災厄を詰め込んだの?」


「…………!」


 小坪の顔が恥辱に満ちて、真っ赤になっていく。


(まずいぞ……小坪のヤツ、ただでさえ靴にガム入れられたせいで機嫌悪かったのに)


 狩哉は焦慮に襲われる。

 これ以上刺激したら、小坪が『あれ』を出しかねない。


「なーにその顔? まるで異教の神に捧げられた生け贄を焼く炎って所? いやそんな大層なもんじゃないわね、地獄のパン焼き窯、中は五〇円以下のバターロール。うん、これね」


 狩哉の不安を余所に、世音は畳みかける。

 弓華は無言で震えていた。


 どこぞの戦闘民族が乗り移ったかの如く、小坪の髪が逆立った。


「世音ッ! 調子に乗ったら許しませんよッ!!」


「こっちの台詞よ、黒こげバターロール女」


 世音が吐き捨てる。


「こ、こ、殺す! 殺しますッ!」


 小坪の怒声が反響したのと同時に。


 視界が反転し――


 世界が剥がれた。 


 はめ込まれたパズルのピースが一枚一枚抜き取られるように、視聴覚準備室の風景を構成する三次元的な空間が崩壊する。


 それは時間にしてみれば刹那、一瞬のことだった。


「お、落ち着け小坪! 終末の空隙(エスカ・トロス)を拡げるな!」


 叫ぶ狩哉だが、時すでに遅し。


 狩哉達五人と世音が座っていたデスクを除いて、先程まで見えていた世界は全く別のものに取り替えられていた。


 ――そこは、小高い丘であった。

 

 広く周囲が見渡せるが、学校の校舎や狩哉達の住む町の面影は全く無い。


 ただ痩せた木や岩塊が転がり、枯れてひび割れ赤茶けた大地が延々と地平線まで広がっている。

 空には太陽も無く、無窮の闇を埋め尽くす黒雲からは止めどなく激しい雷鳴が響いていた。


 渇いた大気のどこからか、救いを請う亡者達の嘆きがふわり春の風のように流れてくる。


 絶望に閉じられた世界。


 終わりを告げられた世界。


 ――終末。


 …………ただし、限定的な。


 終末の空隙(エスカ・トロス)とは、狩哉達四人がこの世界で展開出来る、通常とは物理法則の異なる異空間である。


「うわわ小坪ちゃん! やばいよやばいよ! 何あれ?! 何あれー!? あ、木だった……」


 目を泳がせ、パニックに陥いる弓華。


 当然弓華も同じことが出来るのだが、この空間には個人差があり、しかもその都度形状や雰囲気、法則が変化してしまう。


 狩哉達の精神状態に左右されてしまうらしく、世音は『ロールシャッハテスト空間』と揶揄していた。


「ふーん。へーえ。私の許可も得ないで、終末の空隙(エスカ・トロス)なんて拡げるんだあ」


 この異常な光景のど真ん中で、世音は一切動揺しない。

 冷めた目で亜麻色の髪を手で梳いている。


 一方の小坪は、光の無い深淵たる瞳で世音を睨んでいた。


「こ、こここ殺します。終末最後の救いのときまで、際限の無い飢餓を味あわせてあげます!」


「あら、小坪ってばキレちゃったの? 駄目駄目、キレるなら私にちょーだいその想い」


 猫のように寝そべったままの無無美。


「何がちょーだいだドM! お前も原因の一つだろうが!」


 必死に叱責する狩哉だが、


「ああ、狩哉は私の趣味じゃないけどその怒声は鎖骨にびんびん来るわは……」


 感情をぶつければぶつけるほど無無美は快楽に変えてしまう。


(うう、まともなヤツがいねえ……どうしてこうなった……)


 心が折れそうな狩哉の横で小坪は我を失い、世音ににじり寄っていく。 


「きょきょ、今日こそは覚悟しなさい世音! 私のこの黒の力――名付けて黒武術で」


「何を覚悟するの? 小坪、アンタのストーカー歴が全世界どころか遥か天上にまで知れ渡ること?」 


 ――ぴたり。


 小坪の足が停止した。


「……うぬ、うぬぬぬぬ……!」


「ふん。何度も言ったわよね。私が死んだりすれば、自動的にアンタの何千年も前からの変態っぷり詳細メモリアルが全世界に大公開されるって。アンタが盗聴器仕掛けてる映像も、きっちり動画サイトに流出するようにしてあるから止められないわよ。それぐらい大騒ぎになったら天上の方々の目にも留まるでしょうね~?」


 あざ笑う世音の吊り目は、聖槍の切っ先のようだ。


「そ、そんな脅しで私が怯むとでも……」 


「今でも大事なあの人に? バレてもいいっていうの? 優美かつ輝かしい四つの顔を持つあの……」


「言わないでええええええええぇー!!」


 両手を突き出して小坪は、丘の向こうにまで届く声量で喚いた。


「それだけは許して下さいごめんなさい! 謝ります、謝りますからそれだけは黙っててくださいぃぃー!」


 両手を組み合わせ膝をついて、小坪は許しを請う。


(惨めすぎる……)


 目を背けたくなる狩哉だが、人のことは言えない。狩哉も、弓華も。


「ったくどいつもこいつも。図に乗るんじゃないわよ、この――」


 哀れな黒髪の少女を見下ろして、世音は面白くも無さそうに。


「黙示録のアレゴリーごときがッ!」


 ――一喝した。


 半泣きになっていた小坪が、びくりと体を震わせる。

 狩哉と弓華も足がすくんで動けない。

 亡者の嘆きまで聞こえなくなっていた。亡者なりに空気を読んだらしい。


 小坪が放心状態になるとともに、剥がれていった世界のピースが再び周囲に散りばめられ、嵌っていく。

 何事も無かったかのように、周囲の光景は元の視聴覚準備室に戻っていた。

 終末は強引に、日常へと引き戻されたのである。


 ――終わりを始めることを許されない。


 これが、狩哉達四人と世音の関係だ。

 狩哉達の使命は、遥か古の時代から記されている絶対の運命だというのに。


 終わる世界の書――『ヨハネ黙示録』に。


 新約聖書の中でも最も異彩を放つ、使徒ヨハネによって書かれたとされるこの書は、聖書中最も異彩を放つ『預言書』である。


 預言書とは直接的な対話、夢などでの啓示で神の言葉を代弁した書物を指す。


 ヨハネが神に見せられたのは、壮絶な世界の終末の幻影であった。


『子羊』によって解かれた七つの封印により、『四人の災厄の騎士』が天より現れる。


 殉教者は血の復讐を希求し、大地震と天災が世界を襲い、人々の祈りの後、七人の天使がトランペットを吹き、その度に残された生物や人々は様々な滅びに向き合う。


 また、天では『古き蛇』との戦いが起こる。戦いの末『古き蛇』は地に投げ落とされ、地と海から上がってきた獣が人々を支配する。


 神の怒りは極みに達し、七つの災いが地に降りかかる。


 その後『バビロンの大娼婦』と呼ばれる人を堕落させる存在が完全に滅び、そして――。


 語れば語るほどキリが無い。

 虐殺と君臨と崩壊の連続である。


 ヨハネ黙示録の終末描写は実に難解で、研究によっては書かれた当時の世界情勢を喩えたものである、ともされる。


 だがそれは、事実とは少し違う。


 人類にとっては悪夢そのものであろうが、世界に終末をもたらす者達は、実体を持つものとしてすでにこの世界に顕れているのだ。

 少なくとも『四人の災厄の騎士』、すなわち『四騎士』は、ここに実在する。


 彼ら『四騎士』は、人の世界で速やかに行動を起こすために、予め人の姿で生まれ、人の子として成長していたのだ。

 かつて神の子が処女マリアの体に受胎し、人として生きたように。


 ――第一の騎士。


 白い馬に乗り、弓を持ち冠を被る『勝利』の騎士。


 人としての名を、白倉弓華。


 ――第二の騎士。


 赤い馬に乗り、大剣を握る『戦争』の騎士。


 人としての名を、朱見狩哉。


 ――第三の騎士。


 黒い馬に乗り、天秤を持つ『飢餓』の騎士。


 人としての名を、玄野小坪。


 ――第四の騎士。


 蒼白い馬に乗り、黄泉を従える『死』の騎士。


 人としての名を、蒼木無無美。


 この四人こそが黙示録の四騎士そのものであり、人の姿を取った黙示録の寓意の体現者(アレゴリーズ)――のはずだった。


 はずだったのだが。


 実は四騎士は、とっくに世界を終末の驚異に陥らせているはず、だったのだが。


 たった一人の少女、羽原世音が、四騎士それぞれの運命と使命を狂わせた。


 誰にも知られずはずの無い四騎士の正体に、世音は人でありながら気づいてしまった。


 何故なのか、どうして気づけたのかは四騎士の誰にも分からない。


 それぞれの使命や能力や真の名、黙示録に書かれていることは勿論。


 黙示録には書かれていない四騎士の『過去』も全部、全て。


 世音は、知っていた。


 狩哉達四人が使命に則った行動を取るより前に、世音が取った行動は――。


 ――脅迫、だった。


 狩哉は前述した通りに『戦争』を司る騎士でありながら、血と暴力に対する恐怖心を植え付けられた。


 弓華は見ての通り男性でありながら女性の服装と化粧を好んでいるのだが、実はこの趣味そのものを材料に、世音から脅迫を受けている。


 しかも狩哉が気づいたときには、弓華は『勝利』を司りながら人を直接負かすのが苦手で、自分を磨くスポーツが大好きになっていた。


 小坪は、天上のさる重要な存在に数百年ものストーカー行為を働いていたらしい(狩哉達も知らなかった)。


 上位天使級の極秘事項として封印されていたはずのその情報は何故か世音に暴かれ、脅迫の材料にされている。


 無無美は――


 無無美は、狩哉達にもよく分からない。


 四騎士最大最強の実力を誇り、堅実で無口、清廉潔白であったはずの無無美は、気づいたら世音に服従するドM奴隷になっていたのだ。


(世界を終わらせるためにいる俺達が、人として生まれたばっかりにこんなしょうもない脅しで奴隷同然になるとはな……)


 狭い視聴覚準備室で長机をくっつけて並べ、狩哉はパイプ椅子に腰掛ける。


 ふんぞり返っている世音に、


 「全員座りなさい」


 と促され、怯える弓華も激怒していた小坪も、


 「むしろ私の背中に座って下さい」


 と懇願する無無美も大人しく座らされた。


 四人全員が押し黙るのを待ち、世音は机の上で頬杖をつきながら口を開いた。 


「それでは、週末から今日までの行動を嘘偽りなく報告するように。偽った時点でアンタ達の魂に新たな傷が刻まれると心得なさいプフッ」


 ――含み笑いが漏れている。


 逆らった所でさっきの小坪のような憂き目に遭うのは分かっているので、狩哉達は素直に土日の行動を告白した。


「あー……俺は特に何も。なんかヒストリーチャンネルばっかり見てた。シルクロードとかのやつ」


「僕は弓道部の練習に参加してたよ。あ、先週の土曜は市の大会で最優秀賞取った!」


「……土曜は駅前のホテルでケーキバイキングに挑戦しましたわね。十五分で追い出されましたけど。日曜朝は特撮とアニメ見てから二度寝、起きてからネトゲです」


「ずっとセルフ亀甲縛りの練習してましたん」


 各々、取り立てて変わったことは起きていなかったようだ。


 ――変わったことを起こせないのが問題なのだが。


「ふん。四人とも、嘘は言っていない味ね」


「いつ味を見たんだ。どこの味だ」


 そもそも味で分かるのか。


 そんな人間がいるわけない。

 多分きっと。


「ニュアンスよニュアンス、汲み取りなさい」 


 面倒そうに答える世音に、


「舐めたいのならどうぞ」


 と上着を脱ぎ出した無無美の頭を小坪が板チョコで叩いた。

 いいコンビだ。


「弓華、本当に何も無いんでしょうね?」


 舐めるような目で弓華を見る世音。


「何も無いよー。大会に出させてもらえるのはありがたいんだけど、手を抜くのって大変なんだよね。ちょっと気が緩むと分子単位のズレも無い矢を連射しちゃうからさ」


「そういえばお前、部活用の矢で人工衛星かすったことあるな……」 


「あのときは誰も見てなかったから大丈夫だよ。それにあの日は、今日みたいに急に狩哉が来たから舞い上がっちゃったんだ」


 俯きながら「えへへ」とくすぐったそうに笑う弓華。

 舞い上がっただけで国家予算に影響するのだから、第一の騎士、『勝利』と『白』の名は伊達ではない。


(けどなんで俺が行くと舞い上がるんだろ?)


 狩哉は首を傾げる。

 狩哉の知る昔の弓華は非常に好戦的で、何よりも勝利に拘る男だった。


 繰り返す。

 男だった。


「お熱いですこと、男同士で……」


 小坪は眉を潜めて窓の外を眺めている。言葉に棘があった。


「プラトニックだわねえ……私も昔はそうだったな~。わっはー」


 しみじみ頷く無無美だが、過去の無無美はプラトニックどころか感情そのものが死んでいるとしか思えない、機械的な破壊の化身だった。人間の文化風に言えばキリングマシーン。ドSだと思いこんでいたのにまさか今になってM化するとは。


「ふふ。弓華は日に日に可愛くなってくよね」


 妙に嬉しそうな世音。


 今日はやけに弓華に絡む。


「そ、そうかなどうかな? どうかな狩哉?」


「何で俺に訊く。知らん知らん。そこらの男子にでも訊け」


「そんなあ……」


 弓華は悄然と落胆する。


「冷たいじゃない狩哉ったら。弓華がこんな格好してるのは、元はと言えばアンタのせいなのよ?」


 口だけで亀裂のように笑う世音の目が、獲物を狙う巨鳥(ジズ)のように狩哉をロックオン。


「俺の? 弓華がこんな格好になったのは高校に入ってからだぞ」


「そうね。高校に入ってこんな格好さえしなければ――男が女の格好をするという『罪』さえ犯さなければ、弓華は第一の騎士として使命を果たせていたでしょうね」


 ゾクっと狩哉の背に寒気が走る。


 そう、同性に対する愛情や異性の扮装は、四騎士が属する教えではタブーとされる。


 天の代行者たる四騎士がそのようなタブーを抱えていることが知れれば、本末転倒どころか教義(ドグマ)転倒だ。


(まさかとは思うが――弓華の趣味自体、こいつの策略で目覚めたものだったのか? 無無美がMになったのと同じように)


 狩哉は『トラウマを植え付けられる』という方法で世音に弱みを握られていたが、世音は『都合よく扱える趣味』を与えることによって相手を操ることも出来るのだ。 


「弓華、お前……」


 難儀だな、と続けようとしてじっと弓華を見つめる。


 弓華は目を逸らし、「ぽ」と頬を染めた。


「狩哉――僕、男の子だよ? それでも、いいの?」


「……何の話?」


 対応に困っていると、今度は小坪が汚いものを見るような目でこちらを見ていた。


「私は高尚なので三次元には興味ありません」


「だから何の話?」


 さっぱり分からなかった。


 分かったら危ない気がした。


 狩哉の知らないおかしな趣味(メンタリティ)が、日に日に四騎士の面々には増えているようだ。


 心の傷をえぐられるより、禁断の趣味を増やされて握られる方がより奴隷に近いのではないだろうか。


 笑みを絶やさない世音は狩哉と弓華を見つめながら、


「狩哉、ちゃんと責任持ってあげなさいよ? クスクス」


 小さく囁いた。


 弓華を縛るものは、狩哉も同じように縛るようだった。


 小坪を縛るものも、無無美を縛るものも。複雑に仕組まれた連帯責任。


 1 フォア 四騎士、四騎士 フォア 1。


(そんなの嫌だ……)


 ――本当に、死ぬほど嫌だった。

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