第3話 赤い騎士
かくして闘争をもたらす騎士は、眠りから目覚める。
「やーめーろーよー!」
狩哉は突然跳ね上がり、周りを見渡した。
クスクスという、異教徒を侮蔑するかのような嘲笑。
クラスメイト達の哀れむような視線に気づいて、狩哉はここが自分のクラスの教室だと思い出した。
授業中の居眠りは格別の悦楽なのだが、それも悪夢にうなされてしまえば一時の炎獄(インフェルノ)に変わりうる。
またしても、世音に見せられたあれらの映画の夢だった。
「あ、すいません……」
ぺこぺこ情けない様で謝って、狩哉は席に座った。
呆れた顔の日本史の中年男性教師は、注意する気も失せたのか無言で黒板に向き直った。戦国史、武田騎馬軍の解説をしているらしい。
『武田、圧巻の戦術!』などと、いささか感情の入りすぎた太い赤チョークの文字が目に入る。
一部の女子が妙に興味深そうに聞いているが、歴史好きの歴女というやつだろうか。最近は多いらしいが。
女性が美化出来る程、戦争は綺麗でも面白くも無い。戦場の絆も恋愛も、思い込みに過ぎない。
いずれ彼らは、人類最後の戦争がもたらす恐怖を、身を持って知ることになる。
その扇動者こそが、この狩哉であるのだ。
戦きながら待つといい。
(いずれのことだけどね)
はあっ、と自嘲するようなため息をついて、狩哉は肩を落とした。
(何でだろうな~。何でこんなことになっちゃってるんだろう。いつまでも人間生活楽しむつもりなんて無かったんだけどな~……)
なんで俺が。繰り返し狩哉は心の中で呻く。
――全てはあのドS少女、世音のせいだ。
世音は狩哉『達』の行動や性格を悉く先読みする。
その上で、悪辣非道な嫌がらせ・恐喝を狩哉達に与えてくるのだ。
まだ世音をただの同級生だと思っていた頃、狩哉の携帯電話のアドレスはすでに世音に知られていた。
『同じ学校の羽原世音です。友達になってくれませんか?』
という引っかかるのも馬鹿らしい文面に、人間の心を知るには一興かも、と返信してしまったのが運の尽きだった。
今考えるたら、アドレスを知られている時点で不自然だ。明らかに個人情報を調べられている。
疑うことをしなかったのも手痛いミスだったが、以前から世音を知っていたのもあって油断してしまった。
羽原世音は学校でも有名な才色兼備の美少女で、生徒達にも大人気の学園アイドル同然の存在だったのだ。
そんな人間が自分達の上にこうして君臨するなどと、狩哉で無くとも誰が予想出来よう。
狩哉で無くとも友達になってしまうはずだ。
カースト上位の友人を持つことほど、学園生活を充足させる要素はない。
そうして世音と仲良くなって、うち解けた頃。
世音は突然、戦争を語るメッセージばかりを送ってくるようになった。
最初はインテリか社会参加欲意が強い女の子なのかと感心していた狩哉だったが、内容がそれはもう、とにかくえげつない。
戦場での大量虐殺の詳細な経緯やら、ベトナム帰還兵が陥ったPTSDの記録やら、大規模な空爆を受けた町に住んでいた住民の独白についてなど、やたらと重い。
血と暴力と戦いの、暗黒の歴史をこれでもかと語ってくる。
話だけならまだいい。
それどころか世音は、実際の戦場写真など目を背けたくなる画像を次々と添付してくるようになった。
いくら現実とはいえ――
いくら狩哉が『そういう存在』であるとはいえ、そこまでされると辟易もする。
そのうち世音は。
「これも人の生み出した暴力の形だから」
と、最早戦場写真ですら無い、世にも恐ろしく生々しいグロ画像を添付してくるようになった。
ただの凄惨な事故写真や、腐乱した死体写真もあった。
女子高生がこんな画像を入手出来てしまうのだから、世も末だ。
――そう、世も末だ。
それは、狩哉の領分であったはずなのに。
いくら狩哉と言えど、吐き気を抑えきれなかった。
それでもメールのやりとりを続けられたのは、まだ世音をただの人間だと見て油断していたせいかもしれない。
ある日狩哉はひょんなことから、世音の部屋で一緒に映画を見るという約束を取り付けてしまった。
それでもまだ、
(所詮は人の娯楽文化に魅せられた、哀れな子羊だな。付き合ってやるか)
としか狩哉は思っていなかった。
意外と自分は人間にモテるのか、神は皮肉屋だな、とも思った。
甘かった。
『四十八時間耐久バイオレンス&ホラー&スナッフ映画祭り』という誰が得するんだと疑いたくなる狂気のイベントを世音は開催した。
かの北野武作品(狩哉は一度も見たことが無かった)に始まり、多くの暴力映画、
この映画は何が言いたいんですかと怒りすら湧いてくるファニーゲームなスプラッタ系ホラー映画、
ただ人が傷つき肉が飛び散り眼球が潰れ血が地面を濡らす最早分類すら出来ないシュールなグロ映画を、
ひたすらに休みなしで見せられた。
何本も何本も見せられた。
負けてなるものかと最後まで見通した狩哉は、戦慄せざるを得なかった。
人間は――。
人間はどうして、ここまで暴力を恐ろしく描けるのか。
何千年も同じ人間の血を流し続けた経過と成果と怨念を、一日中見続けさせられて。
その全てを受け入れようと努力したつもりだったが、それも甘かったようで――。
――怖くなってしまった。
血を見るのも、人が戦っているのも、狩哉は嫌になってしまったのだ。
そうなった狩哉を見て、世音は見たことも無い光輝(ゾハル)に満ちた顔で微笑んで、こう囁いた。
「そんなザマじゃ、世界に戦争をもたらすなんて超絶な無理難題でしょうねえ……」
戦きながらそのとき、ようやく狩哉は気づいた。
どこにでもいる女子高生だと思いこんでいた世音が、狩哉の正体を知っているということに。
狩哉が『アレゴリー』であることに。
(あの女にさえ出会わなければ、とっくの昔に使命を果たしているはずだったのに……)
悔やもうと思っても、悔やみようが無い。
こんな事態は使命の想定外だった。
思い返すのもおぞましい過去。
もう一度机に突っ伏して不貞寝してやろうかと思っていると、制服のポケットに入れていた携帯電話が震え出した。
同じぐらい震える手で、狩哉はそれを取り出す。
反射的な恐怖に汗が噴き出る。
解説中の教員の目を盗んで恐る恐る見ると、一通のメッセージが届いていた。
相手は勿論、友にして狩哉のトラウマを操る者、羽原世音。
『放課後いつもの場所に集合。他の三人にも伝えておくように』
初々しかった初期のころのやりとりの面影も無い、用件だけの木訥なメールの文面。
(俺に伝言頼まなくても、他の三人にもメッセージ送っとけばいいだろうに……)
文句を返信してやろうかと思ったが、そんなことをすればきっととびきりのグロ画像が返ってくる。
こちらの悪意は最低でも倍返しになって戻ってくる。それが世音のやり方だ。
『了解』とだけ、何の感情も込めずに狩哉は返信した。
(倦怠期のカップルかよ)
と一瞬考えて、自分の発想の人間臭さと少年らしさに狩哉はまた辟易した。
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