第2話 日常
(早起きは三文の得だなんて言い出した奴は、背徳者ユダ並の大嘘つきだな……)
のんびり登校するはずだった狩哉は世音に何の説明もされないまま、高校の校舎裏に連れてこられた。完全に校舎の陰になっていていつも薄暗く、じめじめしていて苦手な場所だった。中途半端な駄目人間の吹きだまりである、煉獄(プルガトリウム)に似ていた。
始業ベルは鳴っていないのでまだ時間に余裕はあるが、無駄な運動は避けたい。後から眠くなる。
「朝っぱらから、こんな不気味な所に連れ込みやがって」
「乙女みたいな台詞ね。人殺しの化け物のくせに」
世音はさらりと暴言を吐く。間違ってはいないが、他に言い方は無いのか。
「その化け物に命令してるお前はなんなんだ」
「ほら、あれ」
世音が無視して、校舎裏のさらに奥を指差した。
狩哉はろくに見ていなかったので気づかなかったが、生徒が何人か集まっている。あまりいい噂を聞かない男子生徒数人が、輪になって一人を囲んでいるようだった。
何事か分からないが、とりあえず会話に聞き耳を立ててみる。
「テメェなんだろ……誰にも言わないでおいてやるからよ」
「そんな、言いがかりだよ! 僕はただ駐輪場でメールしてただけで……」
囲まれている大人しそうな男子が怯えた表情で首を振り、何やら言い訳をしている。駐輪場で何かあったようだが、今日は徒歩だったのでそちらは通ってきていない。
「あいつら最近空いてる時間に生徒連れてきて、あーやって脅してるらしいのよ」
忌々しそうに世音が呟く。
「朝早くから真面目な不良だな」
「ひと昔前風に描写するならDQNね」
「ひと昔前にせんでいい」
「日記に書くときどうしようかと思ってさ」
日記とは世音が書いているSNSの記事のことだろう。狩哉は内容が怖くて見たことが無いが、結構なアクセス数を誇っているそうだ。誇って何の得になるのかは知らない。
「不良のカツアゲなんて死語だろ。そんなこと日記に書いて誰かが面白がるんだ?」
「バカね、不良を颯爽と現れた剣道美少年が成敗するのよ? 女子にウケるわね確実に」
「ちょっと待て……成敗する剣道美少年ってまさか」
吊り目に引っ張られたかのように、世音の口の端が上がっていた。超愉しそうだった。
「頑張ってね、『赤』の騎士さん」
「待てよ、何で俺があんなガキ共のいざこざを……」
狩哉が言い終わらぬ内に世音は大きく息を吸い込んで、
「そこの人達ー! ここにいる朱見狩哉くんが『多人数で一人をなぶるなんて許さねえ、この中で一切の罪を犯したことの無い者だけを見逃してやる』って言ってますよー!」
稲妻のように良く通る声で叫んだ。
ここで叫んでも殆ど校舎内には聞こえないのを知っていて叫ぶあたり、タチが悪い。
奥の不良生徒達が一斉に狩哉の方を向き、怯える男子を置いてこちらに向かってきた。
「何だテメーはコラ」
「いつから見てたんだコラ」
「この俺様を誰だと心得ておられるんだコラ」
一人だけ水戸光圀一行みたいな口上で微妙に間違っていたが、不良達の目はノリツッコミも許さないほど怒りに満ちていた。
「『まとめてかかってこいやこのカスども、俺を殴った奴には七倍の呪いが降りかかるぞ』だそうですよー!」
カイン(竜騎士じゃない方)もびっくりの挑発を勝手に代弁する世音。
一言も話しかけていない狩哉の方に、不良達は一斉に走り出した。
人の言葉を信じて疑わない、純朴な奴らだ。偽預言者の甘言にもあっさり騙されるだろう。
世音は微笑んで狩哉に向けて「どうぞ」と掌を振り、後退する。
「よ、世音、お前なあ! これじゃ……」
慌てる狩哉は、とりあえず竹刀を構える。
不良達の一人は前から、後の二人は狩哉を挟み込むように回り込んできた。なかなかのチームワークだ。竹刀さえ封じればどうにでもなる、と考えたのだろう。前の一人が狩哉の手首に手を伸ばそうとする。
(やれやれ面倒臭い動きたくない見たくない……)
狩哉が思いながら、足を踏み出すと――。
――三人の不良達はほぼ同時に、前のめりに倒れた。
「やべ、やりすぎたか!?」
前から突っ込んできたはずの三人が後頭部に衝撃を加えられて、地の上に沈黙する。
何が起きたのかと訊かれたら説明のしようが無い。
しかし囲まれて怯えていた男子は、狩哉が一方的に撲殺されるシーンを記憶したくないらしく、こちらを一切見ていない。好都合だ。
狩哉はホッと一息つく。
「世音! これじゃ、手の抜き方が分からないだろーが!」
声を荒げる狩哉の後方で、パチパチと世音が拍手している。
「うん、これぐらいなら大丈夫でしょ。さっすが~!」
「何が大丈夫だ、俺はな……」
狩哉は言葉を続けようとしたが、止めておいた。
誰かに聞かれていたら後々、面倒臭いことになる。
(人間にも出来そうなレベルに合わせようとしたんだぞ……)
なんて言葉を聞かれたら、世音にどんな目に遭わされるやら。
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