初恋の味⑤(終)

 そんなこんなで月日は流れて、私は社会人となった。既に優輔くんは東京で整体師として働いていた。


 つい最近のお正月に、優輔くんは祖父や祖母から「結婚はまだか」とか「孫の顔がみたい」なんて言われて困った顔をしていた。私は複雑な気持ちだったけど、黙って配膳をしていた。

 すると、優輔くんはこんなことを言ってきたのだ。


「茉穂ちゃんの方が、先に結婚したりして」


 ……私は、その言葉に深く傷ついた。

 優輔くんは冗談で言っているのかもしれないけど、私は本気でショックを受けていた。

 私は優輔くんに恋をしているわけじゃないけど……でも、他の女の人と付き合ってほしくないと思っている。

 そんな彼から、私の結婚を心配されるなんて。

 私は泣きたいのを堪えて、笑顔を作った。

 そして、優輔くんに言ったのだ。


「私に相手なんていないよ……」と。


 その時、彼がどんな顔をしていたかなんて覚えていない。……私は逃げるようにして部屋に戻ったから。

 たまにしか会えない優輔くんの存在は、それでも私の心をかき乱すには十分だった。


***

 それからまた数年後。久しぶりに見た優輔くんは、髪が茶色に染まっていた。叔母さんや彼の弟たちからは「似合わない」と不評だったが、本人は特に気にしていないようだった。

 その髪色は実際に全く似合っていなかったけど、私は優輔くんでも自分をカッコよく見せたいと思うことがあるんだなって思った。「お兄ちゃん」だった頃の優輔くんを知っている私からすれば、すごく意外な変化だった。そして、ちょっとだけ親近感が湧いた。


 優輔くんとは、あまり顔を合わせないようになっていた。このくらいの年齢になると、気恥ずかしさが勝ってまともに話せなくなってしまうのだ。

 ……それでも、次は。


(次に優輔くんが来た時は、少し話してみようかな)


 そんな風に思う。

 異性としてじゃなくて、単なる『いとこの女の子』としてでもいいから。

 そう考えるようになったのは、私が大人になったからだろうか。それとも、優輔くんが東京に行って変わったから? どちらにせよ、今年のお正月も優輔くんは来るらしいから……その時は勇気を出して話しかけてみようと決めたのだった。


 私の初恋は、日本酒のような味だ。私はお酒には強くないし、日本酒の良さはわからない。……でも、いつかその苦味が味わい深いものだと思える時が来るかもしれない。今は優輔くんのことを忘れられなくても、それが思い出になる日がくるのを待っている。


 だからそれまでは、いとことして仲良くできたらいいなと思っている。優輔くんは私の初恋だ。でも、私の片想いだ。それでいい。それ以上は望まない。

 これから先、どうなるのかは誰にも分からない。それでも私は、今の私にできる精一杯のことはしたいと思った。


 お酒は20歳から。でも、私の恋はそれ以前から始まっている。時間をかけてゆっくりと熟成させた、日本酒のように甘くほろ苦い私の初恋。

 きっとそれは、一生忘れることは無いだろう。

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初恋の味 夜桜くらは @corone2121

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