第13話 きらめく海よりも
きらめく海よりも
『青いトンネル』、それは次郎さんの『幻想』なのか『例え話』なのかはわからない。
ただ蒔絵の中でそれを見ることは『叶わない願い』なのだというひとつの落としどころを見つけたのだろう。
俺たちもオーナーの仮説を彼女に伝えることはしなかった。
それを伝えたところで結果的には何も変わるものではないのだろう。
ただ、そんな彼女がこのダイビングセンターにいる理由はもう無いはずだ。
だけど、蒔絵はここを去るそぶりをみせなかった。
オーナーは『春まで働くと言ったのは彼女だ。留まるも去るも彼女の自由さ。』と言っていた。
そして季節は秋になっていた。
ダイビングの本当のシーズンだ。
秋の荻島の海は透明度が30m以上になることは少なくなかった。
俺は9月からゲストを連れてガイドをすることとなった。
オーナーは冬が到来する前にある程度新しいダイビングエリアの下準備に取り掛かっていたからだ。
俺のガイドするときはゲストの人数に関わらず蒔絵が見習いアシスタントということで一緒に同行した。
その日もゲスト3人を連れ海に潜った。
まるで水色のライトを照らした世界に浮いているような感覚だ。
透明度は30mオーバー。
目の前を朝日にきらめく川のようにキラキラと通り過ぎるキビナゴの群。
中層に圧倒的な数で通り過ぎていくイッテンタカサゴとタカベ。
白い砂地を腹に反射させるアジの大群。
遠くからチンアナゴ達が顔を出しているのもよくわかる。
そんな秋の素晴らしい海をゲストは喜んでいた。
そして誰よりも目を輝かせていたのは蒔絵だった。
それが嬉しかった。
ある日、俺は彼女を調査ダイビングに誘ってみた。
エントリーしてゴロタ沿いを浅めに進むコースに彼女はすぐに気が付いたに違いない。
エリアエンド『身丈岩』に進んでいることに。
潮はゆるい流れにキンギョハナダイやケラマハナダイが綺麗なヒレをはためかせている。
身丈岩の陰からハマフエフキがこちらに向かってくる。
上を見上げる。
煌めく太陽の光、たくさんのメジナたちが群れをなしている。
そしてこの身丈岩に生息するロウニンアジのようなカンパチが3匹。
真っ白でキラキラと光るからだを摺り寄せながらじゃれ合う姿は神々しくすらあった。
水深25mの漁礁を探索すると黄色いイバラタツが赤いウミウチワに絡まっている。
その姿をほほえましく見つめる蒔絵を俺は見つめていた。
・・・・
・・
「佑斗さん・・・ありがとう。」
陸に上がると彼女はひとことそう言いながらほほ笑んだ。
その笑顔は今日の素晴らしい海にもひけを取らぬほどに美しくそして可愛かった。
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