第14話 絹のようにやさしく甘く
秋が駆け足のように過ぎ去ると冷たい風が襟首にすべりこむ。
沿岸は春からの工事に向けて着々と準備がなされている。
フェリーの港から観光施設を中心に看板が立てられ、そこにはこう書かれていた。
『4月より再開発区域は、一部立ち入り禁止となります』
その看板を前に、小さな声で呟くと、蒔絵の瞳は寂しさをにじませていた。
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12月
陸が冷たい
俺も平日は荻島に来ることが減ったが、蒔絵はフェリーが欠航しない限りは客がいない時でも出勤しているという。
島裏の新しいポイント『
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1月中旬
OPEN間近の『荻浦』の水中mapがホームページ上に公開された。
mapの下には小さく『作成者:まきえ』の文字が記入されている。
水深、目印になる岩、方角、よく出会う魚の絵などが詳しく書かれた実用性の高い水中mapだ。
オーナーや俺も協力はしたが、mapを作り上げるために一番頑張ったのは蒔絵だった。
そしてこのmapを仕上げた事を区切りに彼女は何かを心に決めたようだった。
彼女の出勤日は週3日と少なくなっていった。
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2月になり市街地のダイビングショップを招いて『荻浦』の調査ダイブが開始される。
蒔絵の出勤が減ったのと、思いのほか調査ダイブの要望が多くて、以前のように俺が駆り出されるようになった。
同時に蒔絵は3週間の長期休暇をとった。
俺はこのまま蒔絵が辞めてしまうのではないか。
そんな気がしてならなかった。
3週間後、蒔絵は再び荻島ダイビングセンターに復帰し、いつものように受付、荷運び、タンクの積み下ろしの仕事をしていた。
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3月
いよいよ沿岸の工事が開始される。
荻島ダイビングセンター施設前からエントリーできるビーチエリアは、『身丈岩』方面に進むゴロタ沿いが進入禁止区域となった。
水中では沿岸工事により岩を切り崩す轟音が鳴り響いている。
潮の流れによっては泥水が入り込むため視界0~3mとなってしまう。そんな日は急遽クローズになる事もあった。
今まで荻島ダイビングセンターのメインビーチとして頑張ってきた「カシマダシ」
おそらくこの先、このビーチは体験ダイビングが主な活用方法となり、メインは『荻浦』へと移り変わっていくのだろう。
「 — はい。今日の透明度は少し白っぽい感じですが15mは見えてます」
「 ——?」
「はい。そうですね。オーナーはそんなに影響はないだろうと言ってます」
「 —— 。」
「はい。スタッフ1名、ゲスト3名、8:30の船ですね」
「 ——? 」
「大丈夫ですよ。まだいます。凄く可愛いですよ。私も昨日潜って観察しました。はい、じゃ、明日お待ちしてます」
もうすっかり余裕のある受付をする蒔絵の声を聞きながら、彼女との別れが近いことに寂しさを感じていた。
「
「 ..ん? 」
「どうしたんですか? 」
「ああ、荻島ダイビングセンターもいろいろ変わっていくなぁ.... てね」
「そうですね。でも物思いにふけってばかりいるとすぐにおじさんになっちゃいますよ」
「はははは」
「 ..佑斗さん、私も変わっていこうと思います。いろいろな事が起きて、自分がずっと立ち止まっていることに気が付きました。でも、きっとそれじゃダメなんだって思った。私は身丈岩にしがみついていたんです。でも佑斗さんが迎えに来てくれて、岩を掴みながらでも前に前に進んで.... 」
(あの時の事か.... )
「私、今月いっぱいでこの荻島ダイビングセンターを去ることにしました。」
「 ..そろそろかなって思っていたよ」
「私、もう一度チャレンジしようと思っているんです」
彼女は自分の手を見つめながら言った。
「また音楽の道に?」
「5月になったら私、ルクセンブルクへ旅立ちます。そこに父と親交のあったヴァイオリンの先生がいるんです。もうかなり立ち止まってしまったから、どこまでやれるかはわからない。もしかしたら一流にはもうなれないかも。それでも目指してみたいんです。だってそれが私と父の目指していたものだから」
そういうとまるで絹のようにやさしく蒔絵は抱き着いてきた。
「ありがとう。佑斗さん。佑斗さんのおかげだよ。岩に立っている私のところに佑斗さんが来てくれたから今の私があるんだ。身丈岩に佑斗さんが迎えに来てくれたから、私は前に進むことができた。本当にありがとう」
彼女の唇は甘い香りがした....
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