第12話 憑き物が落ちる

—翌日 —


「なぜですか? オーナー。なんであんな事言ったんですか! 」

蒔絵にかけてあげる言葉を見つけることが出来なかった苛立ちをオーナーにぶつけた。


「そうですよ。いくらなんでもちょっとあのタイミングで酷いと思った」

蒔絵にはっきり手の跡が付くくらい強烈なビンタを放った琴子さんも乗ってきた。



「まぁ、まぁ。あの後、説明しようと思ったんだけど、蒔ちゃん飛び出して行っちゃっただろ。その後もなんか言いづらい空気だったし」


「じゃ、ちゃんとした説明があるんですね」


「ああ、まぁな。俺も何度か『青いトンネル』を探そうとしたことは言ったよな。それで、俺が岩の上に立った時にちょうどボラの大群が沿岸を駆け抜けていったんだ。すごい群れだったぞ。水面にもいっぱい跳ねるんだあいつら。佑斗ひろと、お前、水中で見たことあるか? あれはボラクーダといって— 」


「はいっ! もういいですから、ボラクーダは! そのボラの群れが『青いトンネル』の正体だとでも?? 」

琴子さんが強めのツッコミを入れる。



「まぁ、あわてんな。そのボラが太陽にキラキラしてな。その部分が凄く綺麗な青色に見えるんだ。佑斗、砂浜の海がもっとも綺麗な青色に見える条件は何だと思う? 」


「透明度が良い事と砂浜が綺麗なこと? 」


「そう。真っ白なサンゴ砂のビーチでは特に太陽の光を反射するから凄く綺麗なブルーとなって輝いている。だから、俺は仮説を立てたんだ。当時、あの岩の下、水深3~8mくらいの場所に太陽の光を反射する何かがあったんじゃないかってな。それは人工物かもしれないし、もしくは反射率の高い岩だったかもしれない」


「なるほど、確かに西側の崖岩がけいわも夕陽を反射して黄金岩って言われてるよね。この辺の地質なのかな? 」


「な、この仮説かなりいいだろ? 」


「そっか。だからある一定の場所に太陽が来た時じゃないとその現象『青いトンネル』が姿を現さないんですね」


「ああ、世界の海には様々な現象がある。ここでもそんな稀な現象が起きてもおかしくない」


「じゃ、なぜ、『もう見ることはできない』なんて言ったんですか? 」


「台風や地震だよ。おそらくそれ見えていたのはいろいろな条件が整った偶然の奇跡だ。俺や次郎が高校生だった頃にそれが起きただけなんだよ。それから数十年の間にどれだけの台風や地震があった? 当然岩は動いてしまったり、埋もれてしまっているよ。次郎が蒔ちゃんを連れて来た数年前。その時だって次郎は本当に見ていないのだと、俺は思うよ」


「 ......」



「おはようございます!! 」


「ああ、おはよう」


意外だった。

蒔絵はまるでつきものが落ちたように明るいあいさつをしてきた。

それは空元気なのかどうかはわからないが。


「何ですか? 何話してたんですか? 」


「いや、今度、島裏にできる新しいダイビングエリアの調査についてな」


「え、調査ダイブですか? 私、ついて行っていいですか? 手つかずの自然の海ですよね?凄く見てみたい! 」

「遊びじゃないんだよ」


「いや、佑斗、遊びみたいなものだろ」


「ほらぁ、佑斗さん、頭が固いなぁ」


「 ..オーナー」


「じゃ、今度みんなで潜ってみるか? 琴子ちゃんも行くだろ? 」


「もちろん!! 」




今までにないくらい明るくなった蒔絵に少し妙な感じがした。しかし、もしかしたらこれが本来のあの子の姿だったのかもしれない。


父の死、負い目、責任、何かに負けまいとしていた気持ち、意地。それらが彼女の性格に大きな影響を与えていたに違いない。


そして今回のことで彼女は心のどこかに落としどころを見つけたのかもしれない。

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