第11話 追憶
中学2年生の夏、幼少から父と母の指導のもとバイオリンを続けてきた私は新聞社の主催する大きなコンクールの本選に出場できることになった。
このコンクールに入賞することは私のバイオリニスト人生への第1歩になるはずだった。
中学卒業と同時にオーストラリアの一流校に優待生として入学、そして特別カリキュラムを受けられるチャンスがそこにあった。
父の果たせなかった夢を掴むためにも私は入賞、いや1位を目指していた。
・・・・・・
・・
「今は、この指を大切にすることを第一に考えてください。今、無理をすればこの症状は悪化するでしょう。さらには慢性的な
「 ....蒔絵、まだ終わったわけじゃない 」
「イヤッ! 」
私は診療室から飛び出した。
あんなに練習したのに.. やっと予選を勝ち抜いてここまできたのに....
お父さんの音楽家としての素晴らしさを証明したかった。
コンクールは辞退した。
私の中の何かが抜け落ちてしまったようだった。
学校に行く気にもならず、部屋にひきこもる毎日。
5月に入ると父が思いたったように私を旅行に連れて行こうとした。
「お前、父さんの故郷に行ったことないだろう。いい機会だ」
でも私は知っていた。
父が決して実家に帰れないことを。
そして小さな島だ。
噂はすぐに広まってしまうため、父が島に近づこうとしなかったことも。
「いいよ。お父さん。私を気遣っているならやめて」
「馬鹿だなぁ。そんなんじゃないよ。お前に取って置きのものを見せたいんだ。5月15日から学校を休んでしばらく
そして私は父に連れられて荻島に来た。
宿は比較的新しくできたホテルマリンクラブに。
たぶん民宿だと身元バレしてしまうから。
父は午前中に限って海岸にある大きな岩に私を連れて来た。
「お父さん、いったい何が見えるっていうの? 」
「それは見てのお楽しみだ。びっくりするぞ」
内心、私の心は苛ついていた。
本当なら本選に向けて仕上げの段階に入っているこの時期に、今の私はこんな海しかない島で訳も分からず岩の上に立たされている。
そのことが無性に腹立たしかった。
そして未だに父が人目を避けながらこの荻島にいることも。
『違う! お父さんは凄いんだから』
私はその為にも私の音楽家としてのキャリアを成功させたかった。
2日目も何も見ることが出来ない。
そして3日目、私はついに苛立ちを隠せなくなった。
私は岩に立つことを拒否した。
「こんなことしても何にも意味がない! 」
強要はしない。
父は私を置いて、ひとり岩の上に立つ。
その後ろ姿が寂しそうに見えて、余計自分が腹立たしい。
そして岩から帰ってきた父はわざと元気なふりをして言ったの。
「ははは。ごめんな、蒔絵。父さんにはもう見えなかったよ『青いトンネル』。でも来年、お前なら絶対に見ることが出来る。だからまた一緒に見に来よう」
でもその年、お父さんに癌が見つかった。
もう、一緒に荻島に見に来ることができなかった。
・・
・・・・・・
「でもね、佑斗さん。本当は、きっと本当はあの時『青いトンネル』は姿を現したんだよ。きっとお父さんはそれを見たんだ。でも、私が見なければ意味がなかった。だから『見えなかった』ってお父さんは嘘を言ったんだ。そうでしょ? 」
「 ....」
「そうだよね。結局、私は『青いトンネル』を見ることが出来ないんだね。オーナーが言った通り。 ....今までごめんなさい、佑斗さん」
俺は彼女に何て声をかければいいかわからなかった。
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