第8話 身丈岩の潮流
あの一件以来、蒔絵は勝手なこともしないしハンドシグナルを無視することもなくなった。
しかし、俺はエリアエンドに彼女を連れていくことはなかった。
***
お盆休みも過ぎた頃、OW講習のアシストを終え、陸に上がると琴子さんが来ていた。
「こんにちは。琴子さん」
「へへ、子供旦那に預けて息抜きに来ちゃった。それにしても黒くなったわね。今年はずっとお手伝いしていたらしいわね」
「はい。まぁ、僕にとってもここが息のできる場所だから」
「ふ~ん。それだけかな....ふふ~ん」
「な、何がですか? 」
「ほら、いつもとは違う『要素』が今年はあるな~って」
「そ、そんなんじゃないですよ」
「あれれ? 『そんな』ってどんな? 私何も言ってないけど? 『そんな』って何かなぁ? 」
「〇△△◇□」
「ははは。ごめん。ところでその蒔絵ちゃんにもう生物調査を任せてるんだ? 」
「え? どういうことですか? 」
「さっき、『生物調査に行ってきます』ってひとりで潜って行ったわよ」
「何分前ですか? 」
「7,8分前かな? 」
「ちょっと、俺も行ってきます」
「何? ちょっと
「あいつ、きっと『
まずい!
今日は透明度が悪いし、潮も流れている。
・・・・・
・・
空は曇り空。
夕方ということも手伝い海の中は薄暗くなっている。そのうえ白っぽさがまして透明度は8mほどしかなかった。
エリアエンド方面にフィンを掻くと思った通りグイグイと潮の流れに乗れてしまっている。
つまりドリフトダイブ状態だ。
そして透明度が悪くエンドロープが見えなければ『身丈岩』の外に行ってしまう危険がある。
もしも『水門』をでてしまったら....
潮流は時間を短縮する。
いつもは10分かかる場所も6分、7分で到着してしまう。
この感覚のズレがダイバーを混乱させてしまう。
自分が目的場所に到着したのに気づかずに、さらに先まで進んでしまう危険性があるのだ。
蒔絵、絶対にここに来ているはずだ。
『くそっ! 透明度が悪くて良く見えない』
俺は持って来たライトをあたりに照らしてみた。
彼女が明かりに気づくことを願った。
水深を下げ25mの漁礁を探す。
『いったいどこにいるんだ!!! 蒔絵!! 』
俺はレギュレターの中で叫んだ!
するとスーッと冷たい潮が一瞬だけ透明度を良くした。
向こう側に白いフィンの影が見えた気がした。
水深をあげ注意深く進む。
まだ残圧は140くらいある。
ゴロタから少しだけ離れた砂地に突起のように大きく伸びる『身丈岩』
そこで強い流れに身動きが取れず、しがみついている蒔絵がいた。
俺は『身丈岩』に移り、蒔絵の横に着いた。
『大丈夫だ。まだ残圧110ある! 』
蒔絵に岩を掴みながら進む合図を送る。
そして一度水深を下げ身丈岩が一番ゴロタに密着している場所に行きつくと、ゴロタに向かってフィンを蹴った。
『蒔絵は大丈夫だろうか!? 』
蒔絵が無事にゴロタに移ったことを確認するとゴロタを掴みながら身丈岩から離れていった。
水深を8mキープで進みエキジットが可能な場所で浮上した。
水面は少し大きな波が立っていたが、揉まれてでも陸にでたほうがいい。
「蒔絵! 立たなくていい!! そのまま膝をついて這うようにして海から出るんだ! 」
大きな声で叫び、膝をつきながら海から這い出た。
彼女のフィンは片方脱げ海に持っていかれてしまった。
海から完全に這い出ると、そのままのうずくまりながら蒔絵は謝りはじめた。
「ごめん..さぃ。ごめんなさい.. 」
「蒔絵、もう大丈夫だよ」
・・・・・・
・・
バシンッ!!
「あなた! 何考えてるのよ! 佑ちゃんが助けに行かなかったら死んでしまったかもしれないのよ! 私たちがどういう思いでこのダイビング場を守っているか考えたことあるの? 」
琴子さんの大きなビンタが飛んだ。
「ごめんなさい ..ごめんなさい」
蒔絵は大粒の涙をこぼしていた。
「すまん、みんな! 」
突然、オーナーが頭を下げて謝った。
オーナーは続けた。
「蒔ちゃん、君は探していたんだろう? あれが一体何なのかを。あの『青いトンネル』って何なのかを.. 」
「え? 何でそれを? 」
俺と琴子さんは何の話をしているのか全く分からなかった。
「気が付いていたんだ....君が海に潜りたいと言った時からそんな気がしていた。でも、そんなものは実在しないんだ。 君が佑斗と一緒に海に潜れば、いずれ納得すると思っていた。これは完全に俺の判断ミスだ! 」
「オーナー、『青いトンネル』って何ですか? 」
「俺も見た事はない。だけど、次郎は俺に話してくれたことがあるんだよ。次郎は中学の頃からあの岩でバイオリンの練習をしていた.... 蒔絵ちゃんの父親 田宮次郎は俺の友達なんだ」
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