第7話 エリアエンドの疑念

7月の海の日を境にダイビング業界も活気づく。

いわゆるシーズン真っ只中だ。


まだ幾分、潮は春の名残が残るが格段に魚が増えてくる。


荻島おきしまの魅力はやはり島特有の魚影の濃さにある。

時間に縛られないビーチダイビングでボートダイビング同等の魚を見ることが出来る。

それはダイバーにとって何とも魅力的なダイビングの過ごし方だ。


土日になると蒔絵まきえは受付だけじゃなく荷物運び、タンクの積み下ろしを積極的に手伝った。

俺の腕もほぼ治り、オーナーの受け持つガイドのアシスタントとして潜りながら腕の調子をうかがっていた。




7月の終盤になると、蒔絵は朝いちのフェリーで島に来ると、例の岩から景色を眺めたり、仕事の合間にダイビングエリアの水中マップを眺めて考え事をしていた。


そんな日が続くと、蒔絵は俺にあることを尋ねてきた。


佑斗ひろとさん、何で『身丈岩みたけいわ』まで調査ダイビング行かないんですか? 」

「行ってみたいの? 」


「 ..なんかいつもあそこには近づかないなぁって.... 」

「近づかないっていうか.. 理由があるんだよ。ひとつはあそこまでは遠いから。あそこまで遠いとショップさんはゲストチームを引連れて行きたがらないんだ。だから情報の需要がない。ダイバーがたくさん潜る手前のポイント情報のほうが喜ばれる。そしてもうひとつが一番の理由。あの辺の潮が時々強くなるからなんだよ。『身丈岩』はポイントとしての岩じゃないんだ。『この岩には近づかないでくださいね! 』という目印の岩なんだ。あの岩を超えたすぐ先には『水門』という名の小さい岩根が2つ重なる場所があるんだけど、その先は強烈な潮の流れが発生することがあってね。時には『身丈岩』あたりの潮も大きく流れていくんだ。だからあまりエリアエンドをメジャーにはしたくないんだ。そもそも『身丈岩』がエンド外になってるけどね」


「 .... 」

「『それでも行ってみたい。』っていう顔をしてるね。じゃ、今度行ってみようか? 」


「本当ですか!? ありがとうございます! 」


蒔絵の喜ぶ顔を見たくて、俺は彼女を連れて『身丈岩』手前まで連れて行く約束をしてしまった。

その時は、あんな事態になるとは思ってもみなかったのだ。


******


「エリアエンドはかなり遠いから水深10mより浅く進むよ。残圧はしっかりとチェックすること。残圧が100を切ったら教えてね 」


「 ......」


「わかったかな? 」

「は、はい」


彼女はデジカメを手に持っていた。


ここ数日の調査ダイビングに同行する彼女はしきりに景色ばかりを撮っていた。

俺が生物の写真を撮る後ろで、いろいろな場所の岩や、透明度の良い日には遠くの景色まで連射モードで撮影していた。

時には何かにとりつかれたように夢中になっていることもあった。



エントリー口より水深浅く、エリアエンドまだ辿り着く。

潮通しの良いエリアエンドではウミウシから回遊魚まで生物が豊富だ。時折、『身丈岩』の主となるロウニンアジ級に大きくなったカンパチが近づいて来ることも珍しくない。

そんなダイナミックな光景を見ることができる。


今日はエリアエンド地点から数m先の『身丈岩』が良く見える。

実は上級者が『身丈岩』に近づくことを黙認していることもある。

それは上級者が潮の流れとエアーの残量を計算してダイビングを行うことが出来るダイビングスキルを持ち合わせているからだ。

中級ダイバーの中にも潮に流されまいと一生懸命にフィンキックをしてしまうダイバーがいるが、これは一気にエアーを消費してしまう原因となる。下手をすれば空気を使い切ってしまう事故になりかねない。潮が強くなったら岩を掴みながら前に進むのだ。これを知らないダイバーは意外に多いのだ。



潮の流れがゆるい事を確認するとまずは水深25mの漁礁から順番に生物調査を行った。

蒔絵は相変わらず景色の写真を撮りまくっていた。

そしてしきりに何かを探すかのように周りを見回している。


目の前に大量のイッテンタカサゴの群れが通り過ぎようが、カタクチイワシを追うワラサがビュンビュン泳ぎ回ろうと、目に入らない様子だった。


カンカンとベルを鳴らし、残圧確認をすると蒔絵の残圧は100を切るくらいで余裕があった。

俺の方が90を切って少なくなっているくらいだ。


『戻ろう』のハンドサインを送ると、蒔絵はそれを無視してその場から離れようとしなかった。

ベルを鳴らしても振り向こうとせずに、そこから見える『身丈岩』や周りの景色を撮りまくっていた。

俺が蒔絵の腕を引っ張ると、離してとばかりに振り払う。そして、自分の気が済むとようやく『戻る』ことにしたがった。


******


「別にいいじゃない! 大丈夫だったんだから。それに残圧だって健太さんより余ってるよ!


「そういう事言ってるんじゃない! 海の中ではバディ同士の意思疎通は大切だって言ってるんだ! 」


「だからっ! 佑斗さんは「戻りたい」、私は「もう少し居たい」 その意見を出し合って、結果的には佑斗さんに従ったんだから問題ないでしょ!! 」


「おいおい、どうしたんだ。 喧嘩は良くないぞ」


「「オーナー 」」


「蒔ちゃん、だいたい話は聞こえていたよ。凄く大きな声だったからね。 いいかい、蒔ちゃん。ダイビングって言うのは計画性のスポーツなんだよ。海況をみて、潜るバディの力量や体力、潜る目的などであらかじめ計画しなくてはならないんだ。海の中で佑斗はきっと蒔ちゃんが何より一番大切だったんだよ。佑斗の気持ち、わかってあげてほしいな 」


「 ....わかりました。 佑斗さん、すいませんでした.. 」


蒔絵は少し不服そうにその場を離れて行った。


「佑斗、まぁ彼女もまだ未熟なんだ。これから今、それを学んでいる最中なんだよ 」

「 ..はい」


本当にそうなのだろうか。

俺は彼女が潜っている目的が一般ダイバーからかけ離れたところにあるように思えてならなかった。

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