第4話 鎖帷子
男は地べたを這うようにして生きてきた。
盗み、恐喝、生きるために何でもやった。本来なら捕まって一生牢獄で暮らすはずだった。しかし、そうはならなかった。
男はひょんな運命のいたずらから、諜報員として生きることになった。
その生きざまのせいか、諜報員の役目を与えられてからも男は地味なやり方にこだわった。新しい武器など使わない。手近にあるものを使えば、十分に必要なものは揃えられる。
鎖帷子もその一つだ。
防刃チョッキなど男には不要だった。チェーン、針金、とにかく金属であれば何でもいい。それを布に編み込んでいくだけだ。ホームセンターに行けば、ものの十分で揃えられる。
頑強なチェーンを、布に括り付け、反対側へ通す。もう一時間はこの作業を繰り返していた。おかげで、鎖帷子が形になりつつある。
無心だ、と男は自分に言い聞かせた。
ともすれば、どこの馬の骨とも知れないチンピラに対する怒りで、どうにかなってしまいそうだ。
仕事には私情を挟まなかった。相手がどれほどの悪党であれ、どれほど哀れであれ、自分には関係ない。自分が生きるために、与えられた仕事をこなすだけだった。
だから、これほどまでに憎悪を覚えたのは初めてだ。
憎悪。
その言葉から、「葬儀屋」を思い出す。「葬儀屋」は、別の諜報機関に所属するエージェントだった。
男の所属する機関と、「葬儀屋」の所属する機関は折り合いが悪かった。当然である。各機関の仕事内容は重複しており、いわば仕事を取り合う状況であったのだから。
「またこちらのターゲットを殺したな」
黒ずくめの男が息巻いている。髪を固め、眼鏡を掛けたインテリ。反吐が出る。
「馬鹿言え。こいつは、俺たちのターゲットだった」
そう言いながら、地面に転がった死体を指さす。
男は麻薬の元締め組織を壊滅させる任務に就いていた。そして、組織のリーダーを抹殺した。
おそらく、目の前にいる黒ずくめ野郎も同じだったのだろう。
「これまでに何度も言ってきたが、これはうちのヤマだ。勝手に手出しをするな」
黒ずくめがドスをきかせた声で言う。
「ふざけるな。俺はこいつを殺せと命じられたから従ったまでだ。クレームなら、上司へ言ってくれ」
取り合わない男にしびれを切らしたらしい。
黒ずくめが、男の胸ぐらをつかんだ。
「これはクレームじゃねえ。俺はお前さんに話をしてるんだ」
「理解できないが?」
「俺は、前の案件でもお前さんに同じことを言ったはずだ。俺が怒ってるのは、ターゲットが被ったことじゃねえ。お前が、お前さんが何も自分で考えていないことに怒ってるんだ」
遠くからサイレンの音がする。
男は、黒ずくめの手を振りほどいた。
「時間切れだ」
そのまま闇に紛れる。
後ろから黒ずくめの声が聞こえたが、何を言っているのか分からなかった。
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