第2話 黒スーツ
男は納屋の奥へ向かった。
そこに重い鉄の扉がある。南京錠を外した。
わずかに開いた隙間から、青い光が漏れる。男が思い切り開け放した。
五つのモニターが輝いている。そこに分厚いデスクトップパソコンが繋げられ、無数のコードが伸びていた。
パソコンは苦手なふりをしている。携帯電話も持っていない。
しかしその実、男はハッキングの技能も有していた。
使用するのは仕事のときのみ。亡くした妻にも、自分の子どもにも、絶対に納屋を開けないよう言い聞かせてきた。
まずは一般的な手段で、そのチンピラの情報を洗い出していく。間抜けなことに、そいつは自分の写真をやたらとSNSに上げていた。しかも、携帯電話で撮った写真に位置情報が残っている。住所を特定してくれと言っているようなものだ。
次に、周辺地域の防犯カメラをハッキングする。
孫の下校する時間帯で、学校周辺にあるカメラの録画履歴を漁っていく。
これはたやすく見つかった。校門の外にある金物店の防犯カメラだ。
荒い映像だが、かえって助かった。男は、チンピラに孫が殴られ続ける映像から目を背けた。
チンピラの家族構成や生活状況を調べる。
さすがは政治家の家庭といったところか、その辺りは情報統制が敷かれている。週刊誌の情報ならいくつか見つかったが、信頼できるものではない。
やはり公的機関の機密情報を探らねばならないようだ。うまくすれば家族構成のみならず、隠蔽されてきたチンピラの犯罪歴も終えるかもしれない。
これではどちらが悪人か分からないな、と自嘲しながら、男はキーボードに指を走らせる。
脳裏には、正義漢だった孫のことがよぎる。
「うーん、腹が立つな」
携帯ゲーム機を毛布の上に放り出して孫がつぶやく。
「何がだ」
「このゲーム、ラスボスが強すぎるって有名なの。仲間内で誰が最初に倒せるか競ってるんだけど、100%無理だ」
男がゲーム機を覗き込むと、モノクロのドット絵が目に入った。かろうじてドクロを模していると分かるキャラクターが、画面の中で動いている。どうやら、このドクロが「ラスボス」のようだ。
「たかがゲームだ」
「その通りだよ、じいちゃん。でも、こういうしょうもないことに熱くなれるのも、中学生の特権じゃない?」
孫はやたらと達観したようなことを言った。
「お前の言うことはたまにじじくさい。ほれ、貸してみろ」
男は孫から携帯ゲーム機を受け取る。
一度プレイしてみて、数ターンでゲームオーバーとなる。しかし、男にはすでにこのゲームを動かしているプログラムが理解できていた。後は定石をなぞるだけで、ボスを倒せるだろう。
「ほれ、できたぞ」
安っぽいファンファーレの流れる場面を見せてやると、孫が目を輝かせた。
「すげえ! じいちゃん、どうやったの?」
「秘密」
男は内心、自分のしたことに眉をひそめていた。何がきっかけで、自分の諜報員としての過去が露呈してしまうか分からない。ゲームと言えど、下手なことはしない方がよかった。
孫はしばらくわいわいと騒いでいたが、そのうち何かを考え始め、やがてゲームの電源を切り、セーブ前までデータを戻した。
男がどうしてそんなことをするのかを問い掛けると、「せっかくやってもらったのにごめん、じいちゃん」と言いながら、孫は手を合わせた。
「やっぱり自分でやらないと卑怯だからな」
馬鹿真面目だと半ば呆れつつ、それでも男はこの孫を誇らしく思った。
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