第7話 乃愛、勇者様のお背中お流しいたします!

 先生、今日もヒロイン研修をよろしくお願いいたします……。なんか元気がないね、ですか……? だって……、もう残すところ、今日と明日でヒロイン研修は終わってしまうのですよ? 先生は、寂しくはないのですか?


 もちろん、寂しいよ……ですか……。乃愛のあも、まさかこんなに寂しい気持ちになるなんて思っていませんでした。でも、それを乗り越えてこそのヒロイン、それを乗り越えてこその、永遠のヒロインになれるのです。だから……、うん、今日も、ヒロイン研修、よろしくお願いいたします!


 それで、本日の実践ルームなのですが……。残り二回は、先生との時間を大切に、そして先生に御恩返ししたくて……。あの、このシチュエーションは、どうでしょうか……? ここは、勇者様が戦闘に行く前にお身体をお清めをして回復をするための、湯屋です。


 は、恥ずかしいのですのでっ! 先生、あの、そんな、見つめないでください……。恥ずかしがることなんてないんだよって……、そ、それはそうなんですけれど。自分でこの部屋を選んでおいていうのもなんなんですが……。


 めっちゃ恥ずかしいんですぅ! だってですね、先生、今日は先生に今までの感謝の気持ちを持って、お背中をお流しし、お身体のお清めと心の回復をしていただきたいと思って、学園の事務局でこの部屋を昨日予約したんですけどね! そしたら事務員さんが今日になって、この実践ルームにはコスチュームが決められていて、あの……、このなんか身体に白いサラシをぐるぐる巻きにしたコスチュームしかダメだっていうんですよ?! 信じられない露出度なので、わたし、それなら違う実践ルームにしたいですって変更をお願いしたんですけれど……、もう、ここしか空いてないからって……。さらには、この実践ルームは人気が高くて昨日の今日で予約できただけでも奇跡みたいなことだから、ぜひ実践研修をしてきなさいって……、わたしの担任の先生まで言うものですから。


 決して! 決して! 乃愛が自分でこのコスチュームを選んだわけではなくてですね、 だから、このコスチュー……ム、え……と? 先生? あの、今のお話、聞いていらっしゃいましたか? なぜに今ここでヒロインステッキ……?


——きゅらきゅらりーん!


 ふああっ!


 せんせぇ……、なぜにまだ何もヒロインぽいことをしていないのにぃ……? え? もうそのコスチュームだけで充分ヒロインだから……ですか……? う、嬉しい……けれど、でも、それでは乃愛が選んだコスチュームでもないし、まだまだ、わたし、喜ぶことなんてできません!


 先生、今日は、勇者様として、わたしの癒しの回復パワーを受け取ってください。それこそが、今日の私のヒロイン研修なのですから……。ええ、そのためには先生も勇者様の格好になる必要が、あります……。わたし、先生のお着替えをお助け……って、先生? あの、もうお着替えをご自身で? 脱ぐだけだしって……?


 はっ!? 確かに!? ここは湯屋……。勇者様はお洋服を脱がれているからこその湯屋……。でも、あの、それではわたしの目のやりどころがありませんのでっ! そ、そこに準備してあります、その! その! 水着を……! あ、もちろん履くよって……? し、失礼いたしましたっ! もちろんそうですよね! もう変な想像をしてしまって、わたしのバカバカバカっ!じゃあ、早速実践ですね。えっと……、わたしのこの長い髪の毛をまず結んでっと……。んしょ、これでよしっ!




 それでは、まずは勇者様、母なる大地の温泉で、身をお清め、いたします……。勇者様、どうぞ、こちらへお掛けください……。




——ちゃぷんっ




 勇者様、明日はいよいよ魔王との最終決戦場へと向かわれるのでございますね……。乃愛、心配でございます……。心配するでないと言われましても、それでも、このお身体についた数々のお傷を見ると、心配でなりません。そのひとつひとつに乃愛が触れ、癒しのエネルギーをお送りいたしますね。



——ちゃぷんっ



 ああ、おいたわしい……。このお背中の真ん中にある傷も、いつぞやの争いの時にできた傷……。乃愛はこの傷をよく覚えております。あの時は、勇者様がおひとりでドラゴンに向かい……、って、勇者様……? こちらを振り向かれては、お背中をお流しすることができません……。え……? 乃愛の背中に触れる手から熱いエネルギーが勇者様のお身体に伝わって来て、どうしても乃愛に話したいことがあると……? あっ……。ゆ、勇者様……? どうしたのですか、癒すのはわたしの役目、勇者様がわたしを癒すのではございませんよ?


 いいから黙って、こうしていろって……? 勇者様がおっしゃるならば……、でも、これでは、勇者様に抱きしめられていては、お背中をお流しできません……。今日回復されておかないと、明日の戦いは酷いものになると、皆が口々に話しているのを聞きました……。勇者様、乃愛は、勇者様に無事に戻ってきて欲しいのです。この戦乱の世、いつでも命を落とす危険がございます。



 ええ、勇者様が言うように、乃愛も本当は知っています。魔王が悪いわけではないことを。魔王を利用して、この世界を支配しようとするものがいるのですよね……。


 だからこそです。だからこそ、意見の違いだけでこの世界を支配しようとする輩は何を仕掛けてくるか分かりません。分かりやすい悪ではないのですから!


——しー?


 どこで誰が聞いているか分からない……確かにですね。もしも内通者がいれば、この湯屋は今最も危険な場所になる……。ささ、もうこれ以上は……。お背中をお流しし、温泉にお入りくださいませ。乃愛、この湯屋でのお時間だけは勇者様を守り通して見せまする。



 なんで、乃愛が泣いているのか……ですか……? どうしてでしょうか、乃愛、自分でもよくわからない、いや、本当はわかっています……わたしは勇者様をお慕いしております。いつも戦いに出られる勇者様をその都度心配してお見送りをしているのです。愛する人がいつ目の前から消えてしまうか、そう考えるだけで、胸が張り裂けそうなんです……。戦争なんて、この世界から消え去ってほしい……。もう、誰も争わず、誰も傷つけず、そんな世にはならないのでしょうか……。



 勇者様……。乃愛にとって勇者様が大切なように、戦う相手も、誰かにとっての大切な人なのです……どうしたらやめることができるのでしょうか……。勇者様、その答えをどうか、探して欲しい……。もう誰も争いたくなどないのです……。皆が幸せに仲良く暮らせる世は来ないのでしょうか……。



 勇者様……、あの……、勇者……ゆ……せ……せんせぇ……?



——はむぅっ……んっぷはぁっ



 あ、あの、せんせぇ……、こ……れ……は……? え? き?! キスの後に、そのヒロインステッキ……?



——きゅらきゅらりーん!


 ふああっ!



 せんせぇ……、あの……今までで一番刺激的なヒロインステッキでしたぁ……あ……あぁ、まだ余韻が……。先生、なぜここでヒロインステッキ……。そ、それにあの、なぜわたしにキスを……!? えっと……? ヒロインたるもの、利己的な世界ではなく、広く皆の幸せを願ってこそヒロインだからだと……?


 先生、わたし、わたしもそう思うのです! なぜ、みんな物語の中であっても現実社会においても争うのでしょうか? みんなで仲良く暮らせることはできないのですか? 乃愛は、それが、それが一番の望みなのです……。だから、そんな世の中を作れるようなヒロインになりたい……んです……。



——ぎゅう



 先生、先生に抱きしめられると、心が暖かくなります……。今はわたしをこうしていてくれますか……? え? 残り文字数ですか……? 2924文字です……。


 もう今日はこのまま、何も話さないでいいから……ですか……? はい……、乃愛もそうしたいです……。先生と二人、こうして抱き合って、世界の平和を祈りたいです……。




 先生、でも最後に一言いいですか……?







 ヒロイン研修六日目、ありがとうございました。

 



 

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