第7話
銃声を聞き、部屋の中へ踏み込もうとしていた与一は足を止めた。
(階下から。何があった?)
いずれにしても、この部屋には何もなさそうだ。次第に目が慣れたが、ベンチプレスや腹筋台――いずれも与一には慣れ親しんだ道具だ――の影しか見当たらない。
(ひとまず三階だ)
廊下を走って階段にたどり着くと、階下から上がってきたクニ子らに行き会った。
「何があった?」
「一階のバリケードが破られたんや。でも防火シャッターを閉めてきたから、これ以上は入って来られん」
「一階から出られなくなったわけか。それで、中学生は?」
「影も形も」
三人はそのまま三階へと歩を進める。
「トッコが屋上で彼らを発見していることを祈ろう」
「これで体育館ってのは勘弁やわ」
「ほんまやなぁ」
三階の廊下にたどり着いたとき、ちょうど屋上からトッコらが下ってきた。
クニ子と与一は、彼女の後方に学生服を認めて安堵の息を吐く。
「屋上におったんか! あんたらよく頑張ったね、トッコちゃんもありがとう」
そういうクニ子のそばを、猛然と駆け抜ける影があった。
クニ夫が中学生に向かって突進したのである。中学生のすぐ前にいたトッコも、見ていた与一もあまりの勢いに反応できなかった。
クニ夫はトッコの真後ろにいた男子中学生につかみかかった。
「ショウっ」
叫ぶなり、彼を抱きしめる。
五分刈りの少年は困惑した顔で、熱い抱擁を受け入れていた。
「なんで親父とお袋がおんねん」
少年の顔をまじまじと見たクニ子もまた細い悲鳴を漏らし始めた。それはやがて嗚咽へと変わっていく。
「ショウやぁ。なんで生きとるん? ショウ――」
トッコははてなマークを頭上に浮かべながら、首をかしげる。
「いったいどういうことなのサ」
しかし、その疑問に答えるものはいなかった。与一もまた、後方の中学生を見て硬直している。
「お前、名前は?」
「お、大須与一……です」
眼鏡の少年が自信なさげにつぶやく。与一は「お――」と声を上げた。
「お前は俺か? そんなわけが――でも、顔も体つきも昔の俺そのものだ」
中学生にすがりついてむせぶクニ夫とクニ子、かたや硬直したままの与一。混乱が巻き起こっていた。
「わけわかんないワ。二人だけ取り残されたわネ」
トッコが女子生徒に声を掛ける。
「何が起こってんの? ショウはあのおじさんおばさんと親子ってこと? こっちのマッチョマンは何で与一のことを見つめたまま固まってんの?」
「私に聞かないでヨ。こんがらがってくル」
「もうとっくにこんがらがってるのよ」
「その言い返す癖、早めに何とかした方がいいワ。マジでいら立つかラ。暇なら、なんでこんなことが起こってるのか、その柔らかい頭で考えてみなヨ」
女子生徒は首をひねった。つやのある長い髪がさらりと揺れる。
「あなたたちがタイムスリップしてきたとか? あ、逆か。私たちが未来へタイムスリップしたのか」
「少なくとも前者はありえないネ。私が子どものころ、こんな感染症は広まってなかったかラ」
「そうね。だとしたら、天体観測に出かけた私たちが何かの拍子に時空を超えてしまったのかもね」
「あんたよくそんな中学生みたいなセリフ吐けるわネ。あ、中学生カ」
クニ夫もクニ子も、さらに与一まで誰一人として動けそうにないので、トッコは階段の途中に腰を下ろした。
「マ、あんたも座りナ。落ち着くまでおしゃべりでもしてよウ」
女子生徒も倣ってその隣に座る。
「賛成ね。とりあえず自己紹介でもしておけばいい?」
「それでいいワ。私はトッコ。ガスマスクをこよなく愛する絶世の美女」
「それってマジで言ってるの? それとも和ませようとしてくれてる?」
「きわめて本気ヨ」
女子生徒はくすりと笑い、髪をかき上げた。真っ白なうなじが見えた。
「でも、トッコって私と同じ愛称」
「え、いやダ」
「いやって言われても。私は清川登紀子。潔癖症で天体好きの女子中学生。天体のことが好きな理由は、細菌がいなさそうだから」
ガスマスクの中で、トッコは深いため息をついた。それはふしゅうううううぅぅぅ、と聞こえた。
「そんなことだろうと思ったワ」
そして分厚いグローブに覆われた右手を差し出す。
「改めてよろしク。私たちもどうやら同一人物みたいヨ」
「同一人物みたいって、どういうことよ」
「自分自身に出会えてうれしい、おめでとうって意味サ」
「なんか複雑ね。ガスマスクまで装備するのはさすがに嫌だわ」
顔をしかめる少女に、トッコが笑い声を漏らす。
「言ってなさイ。一度この安心感を知ったら、もう二度と逃げられないんだかラ」
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