第6話
扉の向こうには、三人の中学生がいた。全員、恐る恐るといった様子でトッコの方を見ている。感染者に囲まれた校舎の屋上で、突如ガスマスクの人間が現れたら誰だってそうなるに違いない。
「ここにいたのネ。探したわヨ」
屋上にしか見ていないくせに、トッコはさも探し回ったふうを装う。ここは警戒心を解くことが先決だった。
「あんたら、どのくらいここにいたノ?」
三人のうち、一番シャキッとした男がそれに答えた。
「たぶん三日くらいです」
日中、遮る物のない屋上で過ごしていたせいだろう、夏服から覗く腕から顔まで日に焼け、五分刈りの頭には汗の玉が浮かんでいる。
「食事ハ?」
「バッグにお菓子があったので、それを分けて食べました」
「いやに準備がいいじゃなイ」
「僕ら、天文同好会なんです。夜な夜な星を見に集まってたんで、夜食として」
彼の指さす方を見ると、確かに高価そうな天体望遠鏡が一台置かれていた。真夏の太陽の下で、それはどこまでも不釣り合いに見える。
「水分ハ? 今は少ししか持ち合わせがないけド」
「貯水槽をこじ開けました」
五分刈り少年はよどみなく答える。頭の回転が速いらしい。
「あんたは大丈夫そうネ。そっちの眼鏡ハ?」
トッコに声を掛けられ、眼鏡のぽっちゃりとした少年がおどおどと視線を泳がす。
「ぼ、僕も大丈夫、です」
「本当ニ? 女の子の前だからって虚勢張るんじゃないヨ」
「そ、そんなことは」
トッコは視線を眼鏡少年から外し――と言っても、中学生らには彼女の目線がどこへ向いているのかなど知りようがないだろう――その横に隠れるようにしている少女を見つめた。彼女は顔に対して大きすぎるマスクを着け、警戒心もあらわにトッコを見つめていた。マスクがほとんどを隠してしまっているが、聡明で気の強そうなその目からは、相当な美貌であることがうかがえる。
「あんたハ?」
「大丈夫。たぶん、この中で一番元気ってくらい。こいつらにあっちを向かせて、屋上の隅におしっこしたのは最低の経験だったけど」
「ふン、あんたすごいキャラしてるわネ」
トッコは改めて三人をぐるりと見回した。彼らを三階まで引き連れていけば、彼女の任務は終わりだ。脱出方法を考える必要はあるが、与一らがどうとでもしてくれるだろう。
しかし、彼女はすぐにそうしなかった。中学生たちにも今の状況を知る権利があると思ったし、荷物をまとめる準備も必要だろう。何より、トッコは確認したい
(聞きたいことがある)
ことがあった。
彼女は自分とその他三人の人間が助けにやって来たこと、この後三階で落ち合う予定であることを簡潔に伝えた。
「それデ、あんたたちはどうして締め出されてたわケ?」
(南京錠は、内側から掛けられていた)
三人は顔を見合わせた。
(考えられる可能性としては、彼らを屋上へ逃がした誰かが彼らを守るために施錠した。もしくは、この三人が邪魔になった誰かが、彼らを屋上へ追いやった。まあ、いずれにしても、その誰かさんはもう生きていないだろうけど)
しかし、五分刈り少年が返した言葉は、そのどちらにも当てはまらなかった。
「それが僕らもよく分からんのですけど、夜ここで天体観測をしていたら、いつの間にか鍵が掛かっていたんです」
トッコは首をひねった。
「どういうことヨ? あの感染者たちから逃亡してこの屋上に行きついたわけじゃないノ? もしくはここへ追い出されたとカ」
五分刈りは「全然」と首を振る。
「外におかしな連中がいると知ったのは、日が昇ってからです。下が騒がしいなと思って覗き込んでみたら、外へ引きずり出された生徒や先生が、やつらの餌食になっていました。どちらにしても僕らはここから出ることができませんし、屋根伝い、窓伝いで移動するのも危険やと思ってここに居続けたんです」
(平和に星を眺めてたら、いつの間にか締め出されていた。朝になったら急に感染が広がっていた――何だろう、この違和感)
トッコはこれ以上自分の手に負えないと判断した。クニ子らにゆだねれば、それらしい回答を提示してくれるだろう。
「よしあんたラ、とっととここから――」
その時、どこからか長鳴りする破裂音が響いた。まごうことなき銃声――一階のバリケードが破られ、クニ子とクニ夫が発砲したのだ。
「なんかヤバい感じがするネ。ずらかるヨ」
五分刈り少年はリュックサックを背負った。マスク少女はショルダーバッグだ。眼鏡少年は散らかったお菓子やらティッシュやらのゴミを慌てて拾い集めている。
「あんたネ、緊急時なんだからそんなもの放っておきナ。さっさと行くヨ」
「は、はいぃ」
トッコを先頭に、四人は屋上を後にした。
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