第2話
「あんたら喉渇かん? さっき廊下の突き当りに自販機見つけたんよ。最近の中学校はすごいね」
「ほんまやなぁ」
与一は肩をぐるぐると回しながら「俺たちの時代には無かったな」とつぶやいた。トッコは言わずもがな、「覚えてないネ」だ。四人が入り込んだ二階の教室には人っ子一人いない。第二棟は三階建てだから、この階か上階のどこかに中学生が籠城しているはずだ。
クニ夫がポケットから小銭入れを取り出し、廊下の奥へと歩いていく。残る三人も後を追った。
「あんた、あたしには紅茶を2本頼むわ。あんたらは何にする?」
「いや、俺たちは――」
「いいからいいから、大人しくおごられとき。この先飲み物にありつけるかどうかすら怪しいんやから。あたしたちが籠城の一員にならんっちゅう保証もないし」
クニ子が笑って与一の背中をポンポンと叩く。優しいしぐさだが、その手には銃が握られているのだ。
「確かに。それなら甘えさせてもらおう。俺はスポーツドリンクを頼む」
「お茶でいいワ。ありがとウ」
「あんた、それぞれ二本ずつね」
クニ夫は黙ってうなずく。一人二本、計八本のペットボトルを入手するわけだ。今後のことを考えても妥当な数字と言える。これ以上増やすと機動力が落ちかねない。
青くカラーリングされた自販機は、ペットボトルの飲料がそれぞれ百円であることを示していた。
「えらい安いなぁ。学校の中にある自販機だからやろか」
クニ子が感心したようにつぶやいた。クニ夫が五百円玉を一枚と百円玉を三枚、押し込んでいく。チャリンチャリンという間抜けな音が響いた。トッコがその様子をじっと見つめている。
渡された飲料を、与一はジャケットのポケットに一本、ベルトの隙間に一本ねじ込んだ。トッコはというと、ガスボンベの右横に付いた収納ケースへとそれらを収めた。収納ケースの中はペットボトルを固定してストローを挿し込める仕組みになっていて、ガスマスクの中までストローの先が続いているのだそうだ。
「とんでもなく長いストローだが、それはちゃんと吸えるのか?」
「問題なく飲めるヨ。ただし、相応の肺活量が必要ネ」
その横で、クニ子とクニ夫もウエストポーチへと飲料を収め終えた。
「さて、次はどないしよ? 今のところ、廊下に面した教室には誰もおらへんかったな」
「一階に生徒たちがいるとは考えづらい。なんせ、壁一枚隔てたところをやつらがうようよしているわけだからな。まずは上階から探索すべきだろう」
「妥当やね」
三人は校舎の端――自販機とは反対側――にある階段を目指し始めた。トイレの個室も確認し、生存者を探す。
「しかしほんま、世の中えらいことになったなぁ」
階段をのぼりながら、クニ子が愚痴る。
「ほんまやなぁ」
与一が「少し聞きたいんだが」と声を上げた。
「あまりテレビやネットを見ないたちでな。何が原因でこんなふうになったんだ? 俺からしてみれば、朝起きたら突然こんな世界になっていたわけだが」
「うちも聞きたいネ。少し前まで海外を渡航していて、久々に日本に降り立ってみればこんな状況だもノ」
与一とトッコの問いかけに、クニ子は頭を掻いた。
「まいったなぁ。正直なところ、NAWがつかんでいる情報も、その辺のメディアと大差ないもんやから」
与一に「それでもいい」と催促され、あきらめたように彼女は口を開いた。
「原因は、とある科学研究所の爆発にあると言われとる。そこでは、なんや怪しい研究ばっかりしとったんやって。それこそ、軍事利用を目的とした兵器の開発、タイムマシンの製造、異次元への介入、まだあった気がするけど忘れたわ。そこがある日突然爆発した。そして、そこで開発されとった細菌兵器がばらまかれた――これがNAWの認識やわ」
「ほんまやなぁ」
トッコが「ハッ」という短い笑いを漏らした。
「テンプレート以外の何ものでもないネ。ただし、これが現実に起こっているということを除けバ」
「まるで映画の中の世界だな」と与一もうなずく。
「あたしらとしては、不謹慎やけど、ばらまかれたのが細菌兵器でまだ幸運だったかもしれんと思っとる。もっと最悪なシナリオはいくらでもあるわ。タイムパラドックスで人類の存在自体が消滅、地球上にブラックホールが出現して人類全滅……」
「ほんまやなぁ」
話しているうちに、三階に到着した。第一棟と体育館に挟まれているからだろうか、昼間だというのに廊下は薄暗く、静まり返っている。
「人の気配はないネ」
「隠れているだけかもしれん。まずは探してみよう」
四人で廊下を歩く。厳重なバリケードのおかげでこの棟に感染者は入り込んでいないと分かっていても、自ずと全員がすり足になっていた。
教室は七つほど並んでいる。一番手前の教室には「三年一組」というプレートが付けられていた。
黒板を見ると、「二学期にまた会おう!」の文字を囲むように、個性豊かなイラストが描かれている。終業式だったのだろうか、夏休みを目前にした生徒たちがここで一学期最後の挨拶を交わしている時に、あろうことか感染が起こったのだ――原因はおそらく感染者あるいは保菌した動物の侵入だろう。多くの教師や生徒が感染する中で、一部の生徒がバリケードの構築に成功し、学校に籠城した。
教室にはやはり誰もいなかった。そして代わりに、血の跡が生々しく残っていた。
「戦ったんやね。そして、死体は窓から捨てたんやと思う。賢明な判断やわ。もしとどめを刺し切れていなくて、後から起き上がられたらかなわんからな」
クニ子が分析する。それを聞いた与一もうなずく。
「さっき通ってきた二階も、細かくは見なかったが、おそらく同じ状況だったはずだ」
「よく考えれば、たくさんの生徒がいた第二棟を丸ごと封鎖できるわけがないからネ。バリケードを構築するのと、建物内にいる感染者の排除をきっと同時に進めたんだワ」
「ほんまやなぁ」
全教室を確認し終えたところで、「で、子どもたちはどこヨ」とトッコが首を傾げた。
「中学生が閉じ込められているという噂そのものがガセだったのか、それとも――」
与一はその先まで言わなかった。四人とも口には出さないが、脳裏には「手遅れ」の文字が浮かんでいる。
「ほな、誰がバリケードを張ったっちゅうねん。大丈夫、どこかに隠れてるんやわ」
クニ子の言葉も語尾が震えている。彼女は敢えて口にしなかったが、バリケードの中に誰もいないことを説明する方法が一つだけある。バリケードの内部での感染拡大、そして窓からの脱出――あるいは身投げ。そして誰もいなくなった。
「可能性は潰しておいた方がいいだろう。ここ以外に考えられるのは、第二棟――つまりこの棟――の一階、あるいは第一棟、体育館くらいか」
「第一棟からは教師の感染者が出てきたワ。一棟は望み薄じゃないノ?」
「いや、防火シャッターでも閉めれば、二階より上に籠城することは可能だ」
与一の言葉に、クニ子が「ふむ」と息を漏らす。その横でクニ夫はにこにこ微笑んでいる。
「屋上って線もあるかもわからんな。夏の暑さと血の臭いに耐えかねて」
クニ子がそう言って顎を撫でると、与一も「確かにそうだ」と同調した。
結局、手分けして生徒を探すことになった。第二棟の一階をクニ子とクニ夫、屋上をトッコ、第二棟と第一棟をつなぐ渡り廊下を与一。体育館へは一度外へ出ないとたどり着けないため、ひとまず後回しだ。
「とにかく全員、無理をしないことやな。生き残るための鉄則や」
「分かっている。俺も第一棟へ侵入するのが危険だと判断したら、すぐ諦めて引き返すつもりだ」
与一がはじけそうな肩をゆっくり回した。
「ほな、各々持ち場を調べ終えたら――もしくは調べられなかったら、この三階にまた集合しよか。レッツラゴー」
「ほんまやなぁ」
まるで緊張感の欠片もなく、四人は思い思いの方向へ進み始めた。
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