第10話
その夜、新兵衛はやはり寝こんでいました。
しかし、お千代が
「一緒にこげすっこ、つぐってける。」
と言うと、新兵衛は体を起こして喜びました。
それから、嘘のように足を地につけて歩き出して、土間に置いてあった最後の丸太を手にしました。
一からこけしをつくっている姿を見るのは久しぶりだったので、お千代は思わず見入ってしまいました。
すると、新兵衛に手招きされました。
「お千代も。」
お千代は新兵衛を真似て木をけずりますが、まったくうまくいきません。それにはふたりして笑ってしまいました。
新兵衛は死んですまうの。
当たり前だべ。
もみじより先さ散ってしまわねぁーでね。
縁起の悪いごどを。青のもみじも見るつもりだ。
お千代はとびきりの笑顔になりました。そうして、不格好なこけしはできあがりました。
それからしばらくして、もみじの木は葉を落として厚みをなくし、細い枝枝があらわになりました。
こけしは数体を残して、もうこの家にはありませんでした。
新兵衛は弱り切っていて、しゃべることもままならない状態です。
しかし、ときおりだれかが訪れれば「幸せ」と口にし、あるときは浮かない顔でなにかを言っているようです。
実際にそれを聞いた人々は、どうやら「落ちる」「心配」ということを言っているらしい、と考えました。
きっと、医者にもみじの葉が落ちきるころに死んでしまうと言われたために、葉の様子を案じているのだろう。しかし、新兵衛はそれよりずっとよく生きている。
家の裏から村の人々の話を聞いていたお千代は、新兵衛がひとり眠っている間に、毎日毎日窓から色づいたもみじの葉を落とすようになりました。
始めのころ、人々は亀次郎がいたずらをしていると思い、「縁起が悪い」と言ってしかっていました。
その度に葉は片付けられてきましたが、毎日落ち続けるので、やがて怒る人も文句を言う人もいなくなりました。
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