第9話
そこへ、軽快な足音が聞こえてきました。
いつも亀次郎がこの時間にやってきて、新兵衛の世話をしていることを知っていたので、にじんだ目でもそれが誰か分かりました。
「座しきわらしなら、座しきにいなぐぢゃだめだべ。」
亀次郎はそう言って笑いました。お千代はむっとしました。
それからお千代は言いました。
ちよはこげすっこつぐりたくねあ。新兵衛さ死んでほしくねあ。
力のこもった手は土をかき乱しました。
しかし、何度も何度も同じ言葉をくりかえしていくうちに、だんだんとそれは力をなくしていきました。そのうち、もう声にもならなくなっていました。
亀次郎が「うらやましいなあ。」とつぶやきました。
お千代は予想外の言葉に頭をなやませました。少し前まで、お千代の方が亀次郎を人間の子だからと遠くでうらやましく見ていたからです。
お千代は亀次郎の言葉を飲み込めないままでいました。
「ちよは新兵衛の座しきわらしだべ。」
亀次郎が言いました。
それにはお千代はうなずきました。
「ちよは新兵衛幸せにしてえ。」
ほんとうはお千代は座しきわらしではありません。
お千代は新兵衛と出会う前から、こけしが大好きでした。そして、それを幸せそうにつくる新兵衛の姿を見て、お千代も幸せになっていました。
しかし、新兵衛は病気になってから元気をなくしました。
ほんとうの座しきわらしにはなれないけれど、うそをついて新兵衛を幸せにすることはできると考えていたお千代は、自分を幸運をもたらす座しきわらしだとよぶことにしました。
「幸せにしてえ、してえ。」
お千代がだだをこねるようにそう言うと、亀次郎はこしを落として、
「こげすっこ、一緒につぐってけだら。」
と言いました。
お千代は天を仰ぎ見ました。
亀次郎は立ち上がると、いたずらに言いました。
「一生会えねぁーどしても、笑顔で手ふれるぐらいにならねぁーど。」
「でぎねぁー。」
のどがきゅっとしまってしまったので、それ以上の言葉は出てきそうにありませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます