第7話

 それに気がついたとき、思わず声をあげそうになりましたが、なんとかこらえました。

 ああ、やはり河童など最初からいなかった。

 新兵衛は川に背を向けました。

 しかしそれだけでは事足りず、座りながらも川の方から少し離れ、また川に体を向けました。

 早く子どもたちをこのいまわしい川から帰さなければなりませんが、もう新兵衛の体は動きそうにありません。

「お千代、亀次郎、こごさいではいげねぁ。早ぐ帰れ。」

 新兵衛は今までここまで深く、重い声を出したことがありませんでした。

 亀次郎は「おっかねえ、おっかねえ。」と言いながら、先ほどまでしぶっていたのがうそのようにすんなりと体を起こして立ち上がりました。

「ちよ。」

 亀次郎はお千代の手を引いていこうとしましたが、お千代は横に首をふってばかりで、動こうとしませんでした。

「お千代、帰れ。」

 新兵衛がそう言ってもお千代はかたくなにこばんだので、亀次郎は仕方なくひとりで丘をのぼっていきました。

「もうこの川にはぐるな。」

 新兵衛は亀次郎の小さな背中にそう声をかけました。


「うそはおもしろぐねがった?」

 お千代は新兵衛の顔をちらちらと見つつ、体を川の方に向けました。

 しかし、新兵衛が両肩をつかまれ、もとの方へともどされました。

 新兵衛は、見たこともないおっかない顔をしていました。お千代はしかられると思いましたが、そのあと、

「うそど一緒さ生ぎでいぐには幼すぎる。」

とやわらかい声が聞こえたので、なにを言っているのかと不思議に思いながらも、どこか安心しました。

 お千代は地面に落ちている濃淡あるもみじの落ち葉をかき集めてきて、新兵衛のひざにのせてやりました。

 このままでいでね、と言うと、そののんきさと、ここから立ち去ろうとしないことをしかられましたが、結局日が落ちかけて、亀次郎がよんできた大人たちによってふたりともども家に帰されるまで、お千代も新兵衛もそのままでいました。

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