第3話

 あたりが暗くなってきたころ、新兵衛は日中動かし続けた筆を止め、代わりに行灯をつけました。しりを引きずりひと苦労。

 と、土間の方の小まどから何かがこちらを見ています。新兵衛は心臓がはね上がるような思いをしました。しかし、それがお千代であると気づくと、

「何してんの。」

となるべく落ち着いた声で聞きました。

 お千代はいったんそこから姿を消すと、表からたんたんたんと入ってきました。それから、手に持った黄色いもみじの葉っぱを、新兵衛が無造作に伸ばしたひざの上にそっと置きました。

 新兵衛が葉をすくおうとすると、お千代が手をひらひらとさせてさえぎりました。行き場をなくした手はたたみに落ちていきました。

「ここら辺さもみじの木なんてあったが。」

 おもむろに新兵衛は言いました。

 こけしのために伐採に行ったときは、紅葉に染まる山に心を打たれたものです。しかし、この近辺でもみじを見た覚えがありません。

「あるっちゃ。」

 お千代はすずめが歌うようにそう言いながらこけしを手に取り、「ききききき」と首を回し始めました。新兵衛は首をひねりながらも、「妖怪はいろいろな場所さ行けるのかもしゃね。」と思いました。

「お千代はこげすっこが好きだなあ。」

「んだ。」

「んでも、おいが筆を使ってるどいなぐなるでねぇが。」

「新兵衛もこげすっこが好きすぺ。だがらだっちゃ。」

 こけしの声は優しくひびき続けました。

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