第2話

「もーし。」

 裏口から亀次郎という物売りの息子が顔をのぞかせました。

「かめ坊が。お世話さま。」

 亀次郎はいつものように居間に上がりこむと、新兵衛の方に来て、箱膳の上に白米やら干し魚をのせました。それから、井戸からおけで水をくんできて土間に置くと、いきおいよく顔をあげました。

 亀次郎は新兵衛の目にあなが開くくらいじっと見つめて、

「新兵衛は秘密の友はいるが。」

とたずねてきました。

「なんだい、そのあやしい友とやらは。」

「秘密の友は秘密の友だ。」 

 亀次郎は口をきつく結んでにんまりとしました。

「今度このうらの川さ行くんだ。」

 新兵衛は丸っこい目をかっと見開きました。

「なにすや。らづもねぇごだ。」

河童川のことだべ。あの川はおっかねえ川だ。おめも知ってっぺ。

村の子どもは河童川とよばれるその川に近づいてはならないことを教えられて育ちます。新兵衛は昔、師匠とよんでしたっていたおじいさんにきびしく言われたことを思い出し、

大きく口を開きました。

「河童に食われたらなじょする。」

 おじいさんがひげを上下させていた様子をまねて言ってやりました。

 しかし、真剣な目か、それともさっぱりとした口元か、とにかく新兵衛をじっと見つめながらほくそ笑んだままの亀次郎は

「新兵衛は弱虫だなや。」

と口にしました。

 それから、新兵衛のそばにあったこけしをひとつつかむと、かごの中にそれを放りこみ、そのかごをかついで「弱虫新兵衛」とくり返しながら帰っていきました。

「こばかくせえ。」

 きっと亀次郎は子どものいたずらであんなことを言ってみんなの気を引いているのだろうと思うと、新兵衛は無性に笑えてきました。家の人にしょうもない冗談を言ってこっぴどくしかられるのが常なのだろうとも考えながら、亀次郎のかごから自分のひざの上にまい落りてきた黄色いもみじを拾い上げました。

 新兵衛はなんとなく、お千代を思いうかべました。

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