青もみじの冬

芦屋実桜

第1話

 もみじが頬を膨らますように色づき始めたころでした。

 ひとりの木地師の青年が居間でこけしの描彩をほどこしていると、頬をそっとなでるように葉が舞い降りてきました。新兵衛はそれでも筆を動かし続け、こけしをくすぐりました。  

それから筆をそっと置くと、ようやく地面に目を落としました。

「どっからきたんだいが。」

 新兵衛は黄色いその葉をすくい上げました。  

 それと同時に、「ききききき」と耳慣れた声がしました。

 座しきの方に顔を向けると、そこには小さな女の子が立っていました。

 ききききき

 女の子は手に持ったこけしの首を回し、にっこりと笑いました。

「どっからきたんだいが。」

 すっとんきょうな調子の新兵衛は、先ほどまでこけしが置いてあったはずのたなを見上げ、それからかわいらしい女の子に目を向けました。

 ききききき

 女の子はあいかわらずこけしの首を回してこちらを見てくるので、新兵衛は

「こげすっこが気に入ったのかい。」

と聞いてみました。 

 すると、女の子はこけしを自分の顔の前に持ってきて、

「こいづ、河童みたいな顔だっちゃ。」

と言いました。

「ほう。」

 新兵衛が女の子の方に手を伸ばすと、女の子はたんたんたんとかけ寄ってきました。それから、女の子の手でにぎられたこけしは、新兵衛にせまってきました。

「ほだなふうに見えるか。」

「んだ。おらにそっくりだ。」

「おめにもそっくりが。」

 にんまりと笑う女の子の顔をじっと見つめているうちに、新兵衛も思わず笑ってしまいました。

「おめ、どごの子だ。」

「おらは座しきわらしだっちゃ。」

 新兵衛はまた「ほう。」とだけ口にしました。

 座しきわらしを見かけたといううわさはいくらか耳にしたことがありますが、まさかこの家についてくれるとは、運のいいことです。

 女の子はこけしの目をちょんちょんと指でつつきながら、

「おらにもこげすっこつくれるがな。」

とつぶやきました。

 新兵衛は「おめえみてえな小せえのが、つくれるわけねえべや。」と言うと、女の子のおかっぱ頭をなでました。

 それから、新兵衛はその子をお千代とよんでたいそうかわいがりました。

 うすもみじの美しさををたどたどしく、必死に伝えようとしているお千代をほほえましく思いながら、今日も筆を手に取ると、お千代の声はしなくなりました。

 そして、新兵衛が顔をあげたときにはもうそこにはいないので、不思議に思いました。

 いつもお千代はそうでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る