第99話 廊下

『空に三つ廊下』


 初めて聞いた言葉。不安定な天候を、お洒落に現した言葉。『降ろうか、照ろうか、曇ろうか』の三つの『ろうか』が『廊下』に掛かる言葉。『密猟か?』に聞こえ、何を意味するのか、初めて聞いたときには理解ができなかった南山之寿。


『殿中でござる!』


 松之大廊下まつのおおろうかは、江戸城内にあった大廊下のひとつ。元禄14年(1701年)、播州赤穂藩の藩主・浅野内匠頭が、吉良上野介を切りつけた場所。浅野内匠頭が切腹となった翌年の元禄15年(1702年)、家臣たちが仇討ちのため吉良邸に押し入る忠臣蔵。


 本日の対戦場所は廊下。小学生の頃、ワックスが塗りたての廊下を滑って遊ぶ南山之寿。甦るのは、服に穴を空けて怒られた記憶。


 廊下と言えば、松の廊下。パジャマ姿の若。小学生になる頃、大きめサイズに変更。戦隊モノパジャマからの卒業。まだ裾が長いのか、ずり下がり足が隠れる構図。そんな状態で廊下を走る若。予想通り、転倒。その怒りは南山之寿に。若、ご乱心。


『若! 殿中でござる!』


 と言ってみても伝わらない、世代間ギャップ。ではなく、忠臣蔵なんて知らない若。泣きながら、腕を回して攻撃してくる烈海王。ものすごい、デジャヴ。


 小学生になった若。流石に廊下で転ぶことは無くなったが、変わりに残すのは足跡。正月の書初め。会心の作品が完成したと、見せにくる若。力強い文字に、新年の勢いを感じる南山之寿。ふと見る廊下。黒い足跡。垂らした墨汁でも踏んだのか、部屋からの軌跡が浮かぶ。


 大型連休中に、ワックス処理がされる会社の廊下。たまたま出勤する南山之寿。まさかのバッティング。乾燥終了の予定時刻を確認し、休憩時間を調整。


『この道を行けばどうなるものか。 危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。 踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。 迷わず行けよ、行けばわかるさ』


 アントニオ猪木に背中を押され、廊下を踏み出す南山之寿。


 ――南山之寿の一足が廊下に刻まれた。


 まだ、乾ききっていなかった廊下。業者の方の、哀れみの視線。この後、暫らく残る足跡。迷わず行くのは、南山之寿には時期尚早。行った結果、分かる悲しい現実。


『南山之寿の三つ廊下』


 少し黙ろうか

 考えて喋ろうか

 オチを丁寧に練ろうか



 ――こんなところで、いいだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る