第38話 エレベーター

 東京砂漠。コンクリートジャングル東京。多くの人々が暮らす都市。明日を夢見る人々。今日に打ちひしがれる人々。昨日の夕飯が思い出せない南山之寿。


 見上げればそこに空は無く、無機質なコンクリートの塊がそびえ立つ。こんなもの、エレベーター無くしては登れない。


 今日の対戦相手は、エレベーター。アクション映画であれば、エレベーターの上で闘いを繰り広げる。悪役は見事にエレベーターから落下し消えていく。南山之寿は、分が悪いと静かに途中のフロアで降りて行く。


 南山之寿は、基本的にエレベーターを使わない。健康の為とかではない。扉が開いた時、満員で乗れない悲しみに耐えられないだけ。決して、停電で閉じ込められたらどうしようと、畏怖しているわけではない。


 小さい頃。デパートに行くと、エレベーターを操作する専任の担当者を良く見かけた。今は、いるのか分からないが。子供ながらに、この担当者がどけば、広くなると感じた南山之寿。


 エレベーターを使うときの、南山之寿の心得。停止したフロアで子連れの方を見たら、さっと降りる。南山之寿が紳士たる所以。こう見えて南山之寿は、偽善者ではなく紳士。太めの紳士が乗り込もうとするときは、遠慮なく降りない。


 知人の引越しを手伝ったときのこと。エレベーターが無いことに愕然とする南山之寿。四階あたりから、冷蔵庫やら洗濯機を運び出す。業者を頼ってほしかった。


 重いと言えば、脱力した人間は重い。酔払った人間は、始末に負えない。居酒屋で飲み、寝入った友人。タクシーに放り込み帰宅。南山之寿と、もう一人友人も乗り込む。


 家に到着。エレベーターのないマンション。暗闇の中、人を運ぶ。さながら、サスペンスドラマのワンシーン。『埋めに行くぞ……』みたいな台詞が似合いそうな場面。


 両手を持つ友人。足を持つ南山之寿。階段がキツイ。胃袋がキツイ。食後の運動には、不適切。脱力した人間は重い。人の命は地球より重い。


 そうは言うが、正直疲れていた南山之寿。元々、友人の体重は重い。住んでいるフロアは、確か5階。


 魔が差す。床に置いても、バチは当たらないはず。休憩しようと、二人で即決。寝入った友人を、踊り場に置くことに。


 ――ゴォツンッ!!


 寝入った友人の後頭部とコンクリートの床が、ぶつかり稽古をする音がこだまする。それでも目を覚まさない友人。息はしている。ついでに、デコピンを数発試す南山之寿。それでもやはり起きない。


 部屋にたどり着き、玄関を開けて即床に置く。二人同時に手を離すものだから、あの音が再び響く。


 ――ゴォツンッ!!


 それでも起きないから、恐れ入る。施錠した後、鍵をポストから投げ込み帰宅。


 南山之寿は、優しさという名のエレベーターから降りていた。

 

 

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