第34話 扉

 希望の扉。心の扉。南山之寿の自宅の扉。


 色々な扉がある。開いても良し、開かなくても良し。それぞれ自由だ。南山之寿の自宅の扉は、ガッチガチにガードしている。例えインターホンが鳴っても、なかなか出ない南山之寿。


 南山之寿が敬愛してやまない『星新一』は、ショートショートの神様。本当は、あのように秀逸なショートショートを書きたい南山之寿。その扉は開くことなく、閉ざされたまま。ショートショートを書いている方々のことは、尊敬の眼差しで見つめてしまう。


 『星新一』の作品の一つ。扉と鍵を題材にした話がある。鍵を拾った男が、どの扉の鍵か試していく。最後に意外な顛末が。未だに記憶にあるのだから、やはり、凄いとしか言いようがない。


 今日は、試合会場への扉を開けよう。鍵をかけたような堅固な防御といえば、カテナチオ。少し昔のイタリアサッカー戦術。堅いナッツといえば、ピスタチオ。酔っていると、殻を割るのを忘れがちなツマミ。


 数年前の忘年会。Googleマップを使っていたにも関わらず、会場になかなか辿り着けない南山之寿。お洒落な店の扉は、所見では見破れない。外で待つフリをする南山之寿。後から来た友人と共に無事に入店。


 開けなければいけない扉もあるが、開けてはならない扉もある。


 セミナーでの一幕。道場での一幕。会議での一幕。笑ってはいけない場面。笑った瞬間に『アウト〜』と言われそうな空間。目の前の講師、師範、上司の社会のまどが開いている。


 失態は嫌だと、日々気を付ける南山之寿。


 南山之寿が休日に好んで着用するのは、ボタンフライのデニムパンツ。ジッパーではないので、閉め忘れが少ない。南山之寿が思いつく中では、最高の防御のはず。平日は……気を付ける。その意識だけで乗り切るしかない。


 乗り切れないのが南山之寿。電車での一幕。吊り革に掴まる南山之寿。目の前に座る初老の男性と目が合う。視線を上下し、何かを訴えてくる。アイコンタクト。同じ男性だから分かる、絶妙なパス。お辞儀をする南山之寿。


 学生時代、とある居酒屋。アルコールの利尿作用に襲われる南山之寿。利用していたトイレの扉が、静かに開こうとする。鍵を閉め忘れていた南山之寿。大いなる失態。慌てて『入ってます!』と叫び、事なきを得る南山之寿。


『すみません、南山さん!』扉の先にいたのは、バイトの後輩女子。事なきを得たのかは、今も解けない謎である。その後に何を食べて、何を飲んで、何を話したか、南山之寿の記憶にはない。


――『御一緒に』なんて、危ない扉は開かない。


 


 


 


 



 


 

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