第32話 花火

 夏に伝えたかった。南山之寿の夏の思い出。こんな時期になってしまったのは、南山之寿のやる気に繋がる導火線に火が着かなかっただけ。秋に火が着くあたり、季節感の無さが浮かび上がる。季節外れの花火。


 『夏の思い出』は、南山之寿が好きなケツメイシ。『季節外れの花火』は、ドリカムの『サンキュ.』にもある言葉。どちらも名曲である。


 今日の決戦は金曜日……ではなく花火。そもそも、この話を書いているのは土曜日。サタデーナイトフィーバー。南山之寿は、中身を知らない。タイトル位の浅い知識。


 暗闇に広がる色とりどりの光と、溢れる観客。開催場所の瞬間人口は最高密度。それでも、目の前の美しさと、屋台の香りが南山之寿を虜にする。けして『花より団子』ではない。


 豊橋には『手筒花火』というものがある。揚げ手が筒を脇に抱えるように持ち、巨大な火柱を噴出する光景。映像でしか見たことがないが、物凄い迫力だ。


 夏の思い出。合宿で海に行ったときのこと。浜辺で花火をやることに。


 合宿の打ち上げといえば余興。手筒花火ではないが、連発花火を頭に乗せることに。危険極まりないので、やらないで欲しい。あの夏の南山之寿は、壊れていた。


 見事に、頭上で打ち上がる花火。大輪の花が南山之寿を照らす。神々しい光。地上に降誕した南山之寿。いや、言い過ぎた。花火が打ち終わった。夏の夜は暑い。


 ――否。


 頭が熱い。火の粉が、南山之寿の髪を痛めつけていた。あの頃は、坊主ではなかった南山之寿。色々と懐かしい。とりあえず海に向かって走り、頭を突っ込み鎮火。あの頃だからこそ出来た芸当。


 ――時は過ぎ、とある夏。


 道場で稽古をする南山之寿。小学生や園児もいる。子供を同時に何人抱っこできるか。そんな話になり、抱っこすることになる南山之寿。


 一人目。


 中腰で待ち構える南山之寿。しがみつくため、飛び付こうとする小学生。しゃがんで南山之寿に飛び付く。


 ガチン!!


 小学生の頭が、南山之寿の顎にめり込む。


 ――目の前で、小さな花火が打ち上がった。


 この打ち上げ花火。下から見ても、横から見ても、南山之寿にしか見えていない。


 南山之寿は静かに、うずくまっていた。


 


 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る