第29話 ドライブ

 『春夏秋冬』


 春は花粉対策。夏は熱中症対策。秋も花粉対策。冬は寒さ対策。一年中、対策本部が設立されている。南山之寿の一年はこんなものだ。


 それでも、その季節折々のイベントを満喫する南山之寿。春は花見。夏は花火にBBQ。秋は紅葉。冬は温泉。雪景色と言いたいところだが、雪国経験のある南山之寿。雪は食傷気味だ。


 どの季節も、天気が良ければドライブには最高だ。最高だが、冬は注意か必須。雪道、特に凍結路面はスリリング。凍結路面のカーブでゆっくりとハンドルを切る南山之寿。ゆっくりと切ったはずなのに、スピードが少し乗っていたせいか制御不能に。180°回転ワンエイティが見事に決まる。喜び、ではなく恐怖で放心状態の南山之寿。安心して欲しい、生きていたし漏らしてもいない。


 今日は、試合会場までドライブといこう。もちろん、安全運転だ。


 南山之寿の様に、凍結路面でスリップされた方は多いはずだ。その中でも特に驚いた記憶。スリップして路肩の溝に落ちた救急車を、別の救急車が救助に来ていた。生まれて初めて『猿も木から落ちる』『弘法も筆の誤り』という、ことわざを目の当たりにした。スリップした救急車が無事であったことは、幸いである。


 ドライブの敵と言えばカーナビ。仲間と信じていたのに、ときおり裏切る。こんな場所を通れるのかと思わせる抜け道を案内してきたり、右折侵入禁止の駐車場に右折侵入を勧めてくるあたり、厄介な存在。


 ドライブの相棒と言えば音楽。ウォークマンを接続して、お気に入りの音楽を流す。高速道路を走っているときに、同じ曲がループしだすトラブル。曲を変えたくても、変えられない。しまいには、合いの手を考え出す南山之寿。日の目を見ることは無い。


 ドライブの危機と言えば空腹。トイレ事情も危機ではあるが、空腹の方がよく訪れる。パンが好きな南山之寿。空腹状態で『Bakery』と書かれた看板を見つけると、吸い寄せられてしまう。南山之寿の習性。


 カフェ併設だと最高だが、駐車場さえあれば菓子パン一つ位は食べられる。もちろん、恥はかなぐり捨てている。多種多様なパンの中でも、手強かった相手。

 

 ――フランスパン。


 生地の中に練り込まれたチーズの薫りが食指を動かす一品。絶対に旨い。普通に、食卓で食べたかった。『持ち帰れ』の声が聞こえてくるが、聞き流す南山之寿。


 カフェ併設ではない店。駐車場の片隅。フランスパン一斤を片手に、車内で噛り付く南山之寿。早く食べ終え、出発しよう。しかしながら堅い……。ソフトタイプではない、ハードタイプのフランスパン。顎の筋肉が鍛えられる感覚。顎が割れるのは嫌だ。噛めども噛めども、食べ進まない。他のパンは……ない。諦めた南山之寿。再度入店し、アンパンと牛乳を購入。


『これから張り込みで……』


 こんな言い訳を使う勇気があれば、店内に笑顔が咲くだろう。そんな勇気が無い南山之寿。眼鏡を外し、上着を脱いでプチ変装。気が付かれない様にしていたが、あっさりバレる。


『お買い忘れですか?』

『ええ、まぁ……』

 

 穴があったら入りたい。

 涙で滲むフロントガラス。


『旅の恥は掻き捨て』


 南山之寿のドライブは、静かに続く……。


 

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