第17話 火

 火を手に入れた我々人類の祖先。火は人類に様々な恩恵をもたらす。あるときは灯りとなり、あるときは暖を取る手段となり、あるときは調理の要となる。食も道具も飛躍的に発展していく。


 偉そうなことを言う南山之寿。火起こしなんて技術は、微塵も持ち合わせていない。無人島では生き残れない。バーベキューは専ら、着火剤とライター。ファイヤースターターを購入し、お洒落な着火を試みたが失敗したのは夏の想い出。


 今日の対戦相手は、火。南山之寿の生活は、火の車……ではないので、ご安心を。


 炭火を制するものはバーベキューを制する。炭火の強さを見極め、手際よく置く位置を変える。肉を焼く場所、保温する場所を火の強さで区分けする。強火エリア、弱火エリア、パエリア。バーベキューでパエリアを作る人がいるなら、一緒にバーベキューをしてみたい。シメの焼きそばにはもう飽きた。


 川原やキャンプ場でバーベキュー。バーベキュー慣れした玄人か、パリピと呼ばれる集団が集う場所。南山之寿がバーベキューするのは家の庭。たまに使う居酒屋は千の庭。この情報は蛇足。忘れてほしい。


 家の庭といっても、南山之寿が豪邸に住んでいるわけではない。正確にいうなら、家の前に広がるスペース。土地が余る地方に暮らしていた時の話。玄関前でバーベキュー。飲んで食べて、玄関開けてバタンキュー。上司が稀に使うバタンキューという言葉は死語である。擦り込まれた南山之寿にとっては死語ではない。


 楽しい時間が過ぎていく。昼飯から始めて、夕飯もついでにとダラダラ暗闇の中でバーベキューを継続。暗闇の中では、肉が焼けたのか判断が付きにくい。南山之寿は多分生焼けの肉を口にしていた。翌日に起こる腹痛。多分、食中毒であろう。火を灯りにしていたがよく見えていない。ランタンを使うべきであった。


 別の日のこと。つまみにと、冷凍フライドポテトを揚げる南山之寿。熱した油の入った小鍋を、無意識に流しに置いた。手についた油を落とそうと、手を洗う。水が小鍋に入った瞬間、バチバチバチと激しい音をたて始める。何事だと思うが、理解が追いつかなかった。


 水の突沸。高温のゲリラ豪雨が南山之寿を襲う。


 鍋のふたを構えて台所から避難。後にも先にも、鍋のふたを装備したのは、あの日だけだ。たいして防御力が無いことを体験した。油まみれの台所を泣きながら掃除した南山之寿。ワックスを塗った様にフローリングが輝いたとポジティブに考えたが、冷静になると所詮はイモを揚げた食用油。匂いとベタベタ感が南山之寿を悲しみの底に引きずり込む。


『心頭滅却すれば火もまた涼し』


 困難を乗り越えられる境地には至っていない。痛いものは痛いし、熱いものは熱い。困難に打ちのめされる南山之寿。


 ――ニンゲンダモノ


 


 


 

 

 

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