第9話 温泉

 ――夏の思い出――   南山之寿


『僕は、夏休みに家族で温泉に行きました。水着で温泉に入りました。暑かったです。でも、流れるプールは冷たくて気持ちよかったです。夜はホテルでご飯を食べました。美味しかったです。また行きたいです』


 夏休みに書く絵日記。お子様が宿題でお困りでしたら、是非お使いください。お代は結構です。義理人情に熱いことでお馴染みの南山之寿。


 夏休みに困るものと言えば、絵日記と読書感想文。思い出の改竄、捏造。天気記録は友達か兄弟からの盗作。社会人としての技量を既に養っていた夏休み。いやいや、それは関係ない……はず。南山之寿は、清廉潔白。上記内容とは無縁の社会人生活を送っている。


 最近の読書感想文は、テンプレがあるらしい。こんな感じで書けと、書き方の指示書が存在する。いい時代だなと思ったり、思わなかったり。もう、あの頃の様な夏休みはないから、どうでも良い。あるとすれば定年後。まだまだ道のりは長い。それでも夏休みはある。多少なりとも夏休みは取る。暑くて働いてなんぞいられない。あの頃はコロナ禍ではなく、自由が溢れていた夏だった。


 体の疲れを癒やしに行こう。そう思い、友人を誘って温泉へ。水着ゾーンに内湯、アミューズメント感満載。とりあえず、片っ端から浸かる。疲れを流し切るまで浸かる、蒸される、冷やすを繰り返す。身体の奥底から、心の汚れと共に流れ出ていく疲れ。


 ――南山之寿はととのった!!


 体力全回復……のはずであった。あのときも、油断していた。湯に浸かりすぎて、水を飲むことを忘れていた。汗を流していることが分からなくなっていた。ホテルの部屋にもどると、激しい頭痛と吐き気に襲われる。


 ――熱中症だ。


 年に一回はなるので、直ぐに分かる。慣れている自分が恐い。とりあえず、シャワーで頭に手首・足首を冷やす。服は脱ぎ捨て浴衣に。クーラーでキンキンにした部屋で休む。休むこと、一時間弱。多少は痛みが和らぐ。


 夕飯はブュッフェ。胃がムカムカして食べ物を受け付けない。ひたすら果物を選んで食べる。スイカ・オレンジ・グレープフルーツ。目の前でビールを飲む奴が憎い。肉に蟹に刺身を食う奴らが憎い。


 烏龍茶を浴びるように飲む。隣の奴は天ぷらを食らっている。そんな脂っこいものを見せるなと叫びたくなる。だが、天ぷらに付いてきた抹茶塩には救われた気がする。抹茶塩を舐めながら、烏龍茶を飲み続ける。塩分にミネラルを何とか補給完了し、体も楽になっていた。


 一瞬の油断が命取り。夏は、熱中症に気をつけよう。


 この後ヤケになった南山之寿が酒を飲み、翌朝倒れていたのは、また別の話。


 


 

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