第7話 形

 『――想像した形は物体となり、創造された物体には魂が宿る―― 南山之寿』


 何か哲学的な深い言葉に見えてきませんか。見えませんね。申し訳ございません、南山之寿です。皆様の貴重な時間。食い潰す覚悟……はありませんが、本日も泥試合にお付き合い願います。


 本日の練習メニューは、形から入る。空手道の形ではありません。あしからず。


 料理を始めようと思えば、アルミフライパンや切れ味鋭い包丁を購入。フットサルを始めようと思えば、ウエアにシューズを購入。とりあえず有名なチームのレプリカを着てしまう南山之寿。このように、形から入る方は一定数存在していると思う。


 南山之寿は大体、形から入る。そして、やるからには減価償却するまで続ける稀なタイプ。ハマることもあれば、惰性で続けることもある。さらには、物理的にではなく精神的に形から入る。どちらかと言えば、所作かもしれない。


 例えば、蕎麦屋。『粋』な食べ方を実践したいと考えだす。頼み方、楽しみ方を学ぶ。歴史の流れを感じ、形に込められた魂の系譜を噛みしめる。ただ、あまりやりすぎるのも矜持に反する。そこそこ楽しむことが、南山之寿流の信念。


 のめり込み過ぎるとしっぺ返しを食らう。恋は盲目とはよく言うが、人は突き進む中で何かを見失う。


 蕎麦屋の隠語を学び、楽しんでいた南山之寿。行きつけの老舗蕎麦屋では成立する粋なやりとり。虜になっていた。ある日駅ナカの蕎麦屋に立ち寄った。のめり込み気味の南山之寿は、やらかしていた。隠語のキラーパスを出す南山之寿。相手はキョトン。『?』のマークが、頭に浮かんでいるのが見えてしまう。


「はい?」

「何でもないです……」


 バイトの学生さんだろうか。かなり困っていた。もっと困っていた南山之寿。魂も信念もへったくりも無い。所詮は、蕎麦通ぶっていた南山之寿。粋な漢にはなれやしない。


 口にした山葵は、一段と目に染みた。

 


 


 


 

 

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