学校の外へ


 春休みに実家に帰省して以来、一か月以上ぶりに学校の外に出たのだと気づき、少しの興奮で僅かに気が紛れた気がした。


 大半の生徒が学生寮で生活しているが、外出に届け出は必要ないし、学業に影響が出なければ外泊だって咎められない。


 そんな生徒への信頼でこそ成り立つゆるさの学校ではあるが……正直学内でほとんどの物が揃うし、娯楽施設に関しても隙がないと言っていい充実ぶりなこともあって、学外へわざわざ出る生徒はあまり多くない。


 そして、考校では腫れ物扱いで視界から積極的に外そうとされるから気にしてなかったのだけど……。



「よかったな蓮陽、美少女ハーレムで羨望の的だぞ」


 いきなり耳元で囁いた漢太を虫と同じ要領で手で追い払った。


 学校の外では呪いという特大のトレードマークがなくなることもあって、モデルと見間違う美人三人(一人中身がエロ親父だが)と一緒に歩くと注目を集めまくるし、その中の明らかな異物である僕に対して向けられる視線は新たな呪いが生まれそうなほど冷たく痛い。


「微塵もよくないからな。こんな最低な呪いに、まさか助けられてたなんて知れて余計に気分が悪いくらいだよ」


 吐き捨てるように悪態をつくと、僕の呪いを一番よく知る漢太が少し申し訳なさそうに目を逸らした。


「ただ蓮陽くんには悪いんですけど、外に出てこれだけ視線を浴びてしまうと蓮陽くんの呪いがありがたく感じてしまいますね」


 漢太がセクハラしようとした時と同じ怪訝な表情をした伊佐与さんがそれでも僕たちに向けてだけはいつも通りに笑いかけてくれている。

 自分から誘い出したのだからすごく我慢してくれているだろうし、これ以上嫌味を言えなくなってしまった。



「……もっとジロジロ見られて穴が開いて萎めばいいのに」


 そんな僕のフォローではなく、完全な私怨で風香が呟いた。


「でも、見られすぎるとむしろもっと大きくなると思いますよ? ほらら風香ちゃんのは小さすぎて誰も見てくれないからずっと小さいままでしょ」



「……チッ!」



 しかし伊佐与さんも風香の扱いに慣れてきたのか、ペアマッチ以降風香の僻みに棘の鋭い返球をするようになっている。

 ちなみに風香の舌打ちは敗北のサインだ。


「なあ、前から気になってたんだけど、石川さんってなんでそんな胸に執着するんだ? 小さくてもオレは十分魅力的だと思うぞ。なあ蓮陽?」


 コッチニフルナ。


「ま、まあ個性は人それぞれなんじゃないカナ……」



 もういっそ逃げてしまおうと思い立ったが、いつのまにか漢太に腕を掴まれていたせいで叶わなかった。


「私だって……呪いさえなかったら今頃穴が開くくらい見られてたもん……」



 まるで子供の言い訳にも聞こえる理由を哀愁漂う風香は持ち出してきた。


「えっと、つまりあるはずだったものが失われたからこそ、持っている人に当たっていると?」

「ん、みんな萎めばいい」


 清々しいほどの八つ当たり。


 風香の主張を聞く限り、本来の自分のスタイルによほどの自信があるらしい。


 でも……。


「でも、風香ちゃんは元の姿だろうと——」

「おっと! もう店に着くんじゃないか? な!」


 危うく地雷を踏み抜こうとした伊佐与さんを漢太が全身を使って遮った。


 実際は店までまだ少し歩くのだが、そんなことはどうでもいい。


「?」


 ひとまず、風香が地雷を自覚していないほど自信と確信に満ちているおかげでことなきを得たらしい。

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