翌朝、巫女が越してきた



「……で、めでたくカップル……じゃなくてペア成立と」


「ああそうだよ。……ったく、本人を目の前に語らせて楽しかったか? 漢太」


 翌日の朝、幼馴染を見捨ててどうせすぐに別れるだろう彼女とペアを組んだ裏切り者に昨日の出来事を話すという羞恥プレイを晒すことになっていた。


 しかも隣には当事者のもう一人である風香の姿が……。


「しかし……蓮陽だけならともかく石川さんまで人見知りとか、二人とも無駄に人を寄せ付けない雰囲気出してるくせに人と話すの怖いだけとか……」


 堪えきれない勢いで笑いを堪える漢太を睨みつけると、「ごめんって」と悪びれる様子もなく軽い謝罪を口にした。


「まあでも、そういうことなら二人がさっきから喋ってるところを見ないのも納得だよ」


 二人での殺し合いを終え正式にペアの登録を終えると、元の席だけでなく元のクラスまでも関係なしに席の移動が行われる。


 つまり、ペアは無理矢理にでも隣の席になるように移動になる、ということだ。

 元々同じクラスだった僕と風香は少し席を移動するだけで済んだが、漢太のペアの相手は別のクラスだったためにわざわざこのクラスまで席を移動することになったらしい。


 普通の学校なら所属するクラスを軽々と変えるなんてできないのだけど、そこでクラスよりもペアを優先してしまう辺りが考校の特殊性であり特徴と言えるだろう。


「あのな……悪口言いたいだけならもう帰ってくれないか?」


「まあ落ち着けって。そろそろ『いのり』も戻ってくるだろうし、本題に入ろうか」



「ペアマッチ、ですね」


 漢太が可愛らしいウインクをした直後、聞き覚えのない女性の声と共に白い装束が視界の端に映った。


「お、戻ってきたな。蓮陽、それと石川さん。この子がオレの彼女、伊佐与いのりだ。どうだ……大きいだろ?」


 どこからどう見ても見紛うことのない真っ白な巫女装束に身を包んだ漢太とも風香とも違うタイプの、長く艶のある黒髪に白く柔らかそうな肌を持った和装の似合う神聖美女。 あと……大きい。


「チッ!」



 真横であからさまな舌打ちが。しかしその横顔はどこか悲しそうで…………よし、関わり合いにならないでおこう。


「初めまして、漢太ちゃんからご紹介に預かりました伊佐与いのりです。この格好は『巫女の呪い』って言って巫女服以外着られないって呪いなんですよ」


「初めまして、僕は漢太の幼馴染で羽沢蓮陽です」


「……石川風香」


「蓮陽君に風香ちゃんですね。お噂は予々。漢太ちゃん共々よろしくお願いします」


 おぉ〜さすが漢太の彼女、距離感を詰めてくるのが早い。というか「漢太ちゃん共々」って、あなたは彼のご親族か何かですか?


 ただ、漢太に劣らない距離感の彼女なら……好奇心に任せて聞いてしまってもいいような気がする。もちろん許可は取るけど。


「あの、初対面で失礼かもですけど聞いていいですか?」


「はい、なんでも聞いてください蓮陽君。あと、私は癖で敬語で話しちゃいますけど、私に敬語は必要ないですよ」


「そ、そう、なら遠慮なく…………で、伊佐与さんの巫女の呪いって、どっちなの?」


 巫女の呪い。基本として呪いの影響で下着を除き巫女服以外の服を着ることができなくなるという呪いだ。


 ちなみにだが、考校では呪いによっては制服を免除する制度がある。他にも呪いのせいで生活に支障をきたす場合には学校側が積極的に補助をしてくれる。

 巫女の呪いは制服を着ることができないという意味で学校側が配慮しなければいけいない呪いの一つなのだ。


 まあ、そのおかげで入学時に自分の呪いを学校側に伝える必要があり、それがどこかしらからか漏れたせいで僕は学校中の嫌われ者になったわけだけど……。



 なんて僕の愚痴は置いといて、巫女の呪いには巫女服だけしか着れない以外にもう一つ、呪いにしては珍しく利点しかない特徴がある……ことがある。


 大半の巫女の呪いはあくまで巫女に憧れた人の呪いで形だけの呪い、つまり服の制限だけのハズレ。しかし、巫女の呪いの内の一%にも満たない本物を引き当てることができれば、歴史に語られる巫女のように占いによってあらゆる事象を視ることができるようになるのだ。


 さすがに遠い未来を見通すことはできないけど、少し先を視ることができるだけでもその力の有用さを理解できることだろう。



「私は……本物ですよ」



 嘘の見分けがつかずとも、それが事実なのだと思わず納得してしまうような神聖な笑顔を見せる伊佐与さん。


 失礼も承知で聞いたとはいえ、呪いのことを聞くのはデリカシーがないと感じる人もいるというのに、胸囲だけでなく心も広い人だった。


「本物……」


「信じられませんか? 証明しろとおっしゃるなら一つ占いでもして見せますよ?」


 それっぽいことをして本物を自称する偽物も多いせいか素直に信じられていない風香の顔を伊佐与さんが覗き込む。


「……いい。蓮陽が嘘って言ってないから」


 それを回避するように風香が顔を背けるが、その道中よほど気いらない山を見つけたらしくひどく不機嫌そうな表情が僕に向けられた。



「そうですか……。風香ちゃんは蓮陽君のことをとても信頼しているのですね」


「そりゃ『嘘が分かるせいで人間不信になった人見知り』と『周りから疑われすぎて人間不信になった人見知り』のペアだからな。いざ気が合う人が見つかった途端この通りだよ」


「なるほど、つまり……チョロいわけですね」


 ここぞとばかりに揶揄い文句を挟んでくる漢太と、諌めるどころかノリノリで乗っかっていく伊佐与さん。なんだかんだお似合いカップルってことか。


「そう、チョロいんだよ。つまりチョロペアだな」


 カップル揃って好き放題言いやがって……。


 と、文句を言ってやりたいところなんだけど、何も間違っていないから言い返す言葉もない。僕にとって気が合うのって大事な要素だったんだけど、よく考えてみたら確かにチョロいというか……これが漢太以外の人との関わりがなかった弊害か……。



「別にチョロくないし……」

 あ、風香は認めないつもりだ。


「まあでも、二人がチョロいお陰でトゥームガードのペアと手を組めるわけだし、チョロさに感謝しないとだな」


「あのな……本当に感謝してるならそこでチョロいとか言うなよ」


 呆れまじりの文句に漢太が舌を出してとぼける。

「ふふっ、ではせっかく話に出ましたし、本題に入りましょうか。いいかげん話進めないとホームルーム始まっちゃいますしね」


 一度話題にまで出たのに忘れていました……とはとても言えず。風香と二人静かに目を逸らした。


「とは言ってもまだ始まってもないことですし、『協力しましょう』って確認しあうくらいしかやることは特にないんですけどね」


「それでも先約入れておくに越したことはないだろ。特にオレたちはキュアレイターとディスエントマのペアだから戦いの得意なペアと手を組まないとまず負け確定だろうからな」



「お〜い、ホームルームを始めるぞ〜。今日はペアマッチの説明もしないといけないから早く席につけ」


 残業が続いているのか少しお疲れ気味のイケメン、もといボンド先生が入ってきたこと、そしてペアマッチという言葉に反応した生徒たちが普段にない聞き分けの良さで次々に席に戻っていく。


「あら、時間切れですね」


「そうみたいだな。蓮陽、石川さん、続きはまた後で」


「いいけど、また裏切ったらマジで絶交だからな?」


「あら、信頼されてませんね漢太くん。では代わりにペアの私が一つ予言をするのでそれが当たっていたら漢太くんのことを信じてくれませんか?」


 それ、交換条件になってなくないですか?


 と思いつつも、本物の巫女の呪いの占い、予言を聞いてみたいという好奇心が勝り、風香共々即答で頷いて見せる。


「では…………今回のペアマッチ、どうやら例年通りとはいかないみたいですよ」

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