授業・3
「さて、今日もサクッと授業を始めていきますよ」
お喋りに熱中し過ぎたせいなのか、はたまた彼が小さ過ぎて気付けなかったのか、どちらにせよいつの間にか教壇に立っていた小柄な男の声が響くと共に、教室の中が波が引くように静かになった。
「今日やるのは『遺跡』について……のつもりだったんですが、そろそろペアマッチが始まるのでそれに引っ掛けて『専科』の話しをしましょうか」
男が軽く笑みを見せながらそう言うと、教室中の視線が彼に集まった。
「みなさんには我が校のカリキュラムの一環として『専科』についての説明は既にしてあるとは思います。発掘者『ディスエントマ』、管理者『キュアレイター』、そして墓守『トゥームガード』、この三つの内一を一年生の後期に選んでもらうことになる、と話したはずなのですが……毎年ちゃんと聞いていないか理解できていないおバカがいるのが恒例ですから、分かっていない前提で話をしておきましょうかね」
数人がスッと目を背けるのを見て「ほらね」と、男は分かっている方の生徒たちに笑いかける。
「では順番に『発掘者』から。海外では『ディスエントマ』と呼ばれていて、主に遺跡の発見及び発掘作業をする専科です。まあぶっちゃけると一番考古学者っぽい専科ですから、考古学者の中でも人気も人数も一番ですね。現在では新しい遺跡の発見よりも既存の遺跡の新ルート発見と探索が主な仕事になっています」
一番人気であるだけに教室内の半数に近い生徒たちが興味を示しているのを笑顔を崩すことなく見ながら「死にたがりめ」と誰に届くことのない小さな声を漏らす。
「さあ次ですよ。次は『管理者』、英名『キュアレイター』。主に発掘された遺跡と遺物の研究調査及び保護管理を行う専科です。遺跡に直接潜ることは他の専科に比べると少なく、博物館の学芸員や大学や国の機関の研究者職をしている人も多い最も学者っぽい専科と言ってもいいかもせれませんね」
……少し間を置いて生徒たちの反応を確認するが、反応はまちまちで先ほどのような盛り上がりの片鱗は見えない。考古学者一番の醍醐味……の後の仕事を担当する専科なので花形に人気で劣るのは仕方ない、と自らの専科の不人気に内心でため息をつく。
「そして三つ目、『墓守』、『トゥームガード』。仕事内容はある種今の考古学者のメインの仕事とも言える盗掘者との戦闘です。この専科ができてから考古学を学ぶ為ではなく合法的に戦闘行為ができるという理由で考校に入学する生徒が増えたので考古学一本で生きてきた私としては個人的に複雑なところもあるのですが、おかげで以前よりもクソ犯罪者を駆逐できるようになってきているので助かっていますよ」
すでに目をギラギラとさせている将来の戦闘狂たちにやれやれと呆れながらも、男はその功績を讃える笑顔を作った。
「さて、ここまで専科の話しをしてきましたが、専科を一つに決めたからそれだけ勉強すればいい、ということではありません。考校では考古学者として活動するための最低限の知識として他の専科の内容についても修得してもらうことになるので、これからの授業でも自分の専科じゃないからいいやなんて考え方だけはしないように気をつけてくださいね」
しっかりと釘を刺したことで目を輝かせていたはずの将来の戦闘狂たちが勉強という目下の強敵にたじろぐ姿を楽しみながらも、男は「最後に」と少し大きな声で教室中の注目を集める。
「これはペア単位で参加することになるペアマッチにも通ずるものですが、ペアを組む際に専科が被るということがよくあります。そうなると知識もしくは戦闘力が偏るためペアとして不利になると言っても過言ではありません。なので、そいう時は別のペアを頼りましょう。他のペアと手を組むことはペアマッチはもちろん授業においても有効な手段であり、将来の遺跡探索において誰かの手を借りるという生き残るための最善手の予行練習にもなるのです」
男はそこで一度口を閉ざし、その場で人差し指を立てた。
「いいですか、みなさんは優秀であり、最悪一人でも生き残れるよう教育を施されます。しかし、遺跡に入れば私たちは本来の十分の一も本領を発揮できない雑魚です。ペアで行動しようと一が二になった程度でどうにかできるほど遺跡は甘い場所ではありません。だからこそ人を、他のペアを頼ってください。学生だろうとライセンスを持った考古学者だろうと……それができない傲慢な人間から死んでいくことになるのが遺跡という魔境だろいうことをよく覚えておくように」
注意、警告、脅し、そんな生易しいものではなく、ただそれが事実なのだと一瞬で理解できるほど冷たい言葉に、さっきまで笑顔だったはずの熱の籠らない表情に、同時に鳴り響いた終わりのチャイムの音が届かないほど教室は凍りついたままだった。
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