ペア
「んな……なんで、撃つんだよ……」
「……弾がもったいないから?」
ゼロ距離でゴム弾ぶっ放してくれた幼女が眉ひとつ動かさずに首を傾げる。
「いや、だからって無抵抗の人を撃つとか……」
そのあまりにも飄々とした態度に思わず口をついた文句を言い切ることなく口を閉じた。
これは殺し合いの練習なのだからトドメがあっても当然のこと。それに、彼女を煽るような喧嘩口調を始めたのは僕で、そのくせ負けて文句まで言うとか、自分のことながらカッコ悪すぎる。
「…………」
「…………」
向こうは立ったまま、こちらは座ったままでまた初めと同じく沈黙が始まった。
殺し合いをしていたおかげで会話が成り立ってはいたけど、いざそれが終わると何から話していいのかまるで分からないのだ。
……いや、負けたのは僕なんだ、ここはこっちから話しかけないとだよな。
「えっと……石川、裏切り者とか言ってごめん。その、石川も知ってるとは思うけど僕も大体の人に避けられてて、いざ誰かと仲良くしようと思った時に他人との距離の詰め方が分からなくてさ……」
敗者らしく、赤裸々に自分のコミュ障っぷりを語っていく。その結果言い訳臭くなってしまった気もするけど、それこそ負けた者に相応しい惨めさになっていいということにしておこう。
「……私こそ、嘘発見機とか言ってごめん。いきなり『戦おう』とか言われて警戒してたから……」
「あ〜……って、そっちが無視するからだろ!」
「…………」
間違いなく正論であろう僕の反論に石川はまたそっぽを向いた、が……。
「……ごめん、なさい。あまりいい噂聞かないから」
今度はちゃんと返事が返ってきた。
敗者らしさを忘れて素でツッコミをいれてしまったけど、それでも会話を受け入れてくれる程度には心を開いたくれたんだと思いたい。
「だから警戒していたと……」
それはお互い様だろ……という感想は飲み込んでおく。
「……でも、ならなんで僕のことを悪口使ってまで煽ってきたんだ? 警戒してたなら、他の人なら逃げ出してもおかしくない状況だったと思うんだけど」
「……それは…………呪いのせい?」
誤魔化し方を自分でも分かっていない石川は一度僕と目を合わせたかと思うと人形のような愛らしい顔をコテンと横に倒した。
「んなわけあるか。『銀髪ロリの呪い』にそんな副次効果があるわけないだろ」
細かい違いまで種類分けしていけば人の欲の数だけ、つまり無数に種類が存在すると言っても過言ではない呪いだが、似た特性のある呪いをまとめて大雑把に種類分けがされている。
その中でも有名なのは「身体変化系」の呪い。その効果は名前の通り人の体に変化を生じさせるもので、軽いものだと髪型が固定されたりするものから、身長や体型体色、髪色から、一部もしくは全てが別人に変化してしまう呪いがこれに分類される。もっと変化球の効いた呪いもあるにはあるんだけど、パッと見で呪われているのが分かりやすいという意味で一番有名な呪いだ。
そんな「身体変化系」に属する「銀髪ロリの呪い」こそが石川に憑いている呪いで、その効果は単純明快、呪いを受けた人物の身体を銀色の髪を持った幼女へと変えてしまうもの。ちなみに銀髪ロリの呪いに限らず身体変化系の呪いはそれ自体が強い効果があるため、「警戒している相手をつい煽ってしまう」なんてものはもちろん、身体以外に作用する副次効果なんてそうそうありはしない。
……まあ、「それっぽい仕草をしてしまう」的な身体に関係ある副次効果なら付属品みたいに憑いてくることがあるけど。
「……新発見だね」
呪い憑きの考校の生徒ならそんな常識を知らないはずがないのに、この幼女真顔で言い切ったぞ。
「あのな……そういう小細工は僕には意味がないって考校の人間なら知ってるはずだろ」
「……………………分かった、白状する」
長い時間をかけ、少し頬を赤くしながらも石川は渋々頷く。
「…………なかった」
よほど人に聞かせるのに勇気のいる内容だったのか、全てを言い切る前に石川が勢いよく背を向けて肝心の内容を連れて行ってしまい、代わりに視界にふわりと浮かんだ銀色の髪がゆっくりと背中に落ちていく姿だけが残った。
「ごめん、聞こえなかったんだけど」
表情に変わりはなかったものの、今一瞬、石川がムッとしたような気がしたけど……少し間を置いてまた吐く息のように静かな声で続ける。
「……緊張してなんて言っていいか分からなかった」
「………………」
驚いた……のもあるけど、一番はどう反応するべきかを即決できなかったせいで何も反応を返すことができなかった。
「……無視?」
今度こそ、もはや隠すこともなく石川が振り返ってムスッと頬を膨らませる。
「ご、ごめん。そんなつもりじゃなくて」
そのかわいらしさに紛れ込んだ威圧感に負けてそっと視線を横に逃す。
「その……つまり、石川も僕と同じで人見知りを拗らせてただけってこと?」
「……んっ」
視界の端でまた頬を赤く染めた石川が小さく頷いた。
ただの、いや重度の人見知り同士が散々警戒し合った挙句殴り合いの殺し合いに発展してしまったと……そんな小さい子供同士みたいなくだらないことが真実だと……。
「じゃあ、僕が話しかけようとするたびに睨みつけてきたのも?」
「睨んでない。……緊張で顔が強張っただけ」
「……なるほど、僕より重症だな」
「むっ、喧嘩吹っかけてきた人には負けてない」
「「…………」」
打ち解けそうだった空気がまたしても険悪になっていく。
「……あ〜、やめよう、ここで喧嘩になったら堂々巡りだよ。それよりもせっかく話し合いにまで辿り着いたんだ、もっと建設的な話しをしよう」
石川の人見知りが僕のものと同じ種類なのだとしたら、軽い人間不信の混じったハッキリ言ってタチの悪い拗らせ方をしていることになる。
今のあまり良くない雰囲気も結局お互いに何を言うべきか分からなくなってつい攻撃的な性格が表に出てきてしまった結果だろう。
ならば、だ。漢太のおかげで少しだけ症状の軽い僕が折れるのが一番平和的な解決方法なはずだ。
別に「ここで引ける僕の方が大人だな」的な優越感と感じてないよ?
「……ん。そう、ね」
僕の小さな優越感に気づくことなく、石川は小さく頷いた。
「よし、なら今すべきは、ペアを正式に組むかどうか、だけど……」
そこで言葉が詰まる。
何を言ったらいいか分からない、というのも少しはあるのだけど、単純に恥ずかしさが勝ってその先を声にできなかった。
「……けど?」
若干口が空いてしまっているだろう僕の顔を見つめながら、石川が首を傾げる。
わざとらしいとさえ言えるほど可愛らしいその仕草が癖なのか呪いの副次効果なのか、どちらにしても少しだけ緊張が解けた気がした。
「……石川、僕と正式にペアを組んでくれませんか?」
そっと、石川に向けて手を差し出す。
厳密に言えば、僕と石川のペアはすでに成立している。というか強制的に組まされているので本来必要な届出さえも必要がない。
それでもこの場でペアを組みたいと再確認をしたのは、次のペアを決めるまでの仮のペアとして届け出ているペアが多くある中で僕たちは今のペアで卒業したいのだという意思表示そのものだ。
「いいの、私で?」
「それはこっちのセリフだろ。負けたのは僕の方なんだからな」
表情に変わりはない。が、明らかに戸惑っているらしく彼女の視線が僕の手と顔を行ったり来たりしている。
「そう……そっか……」
ホッと息を吐いたかと思うと、石川は小さな手で差し出された手を掴んだ。
「ペア成立だな。僕のことは蓮陽でいいよ」
「なら私も、風香でいい」
「「…………」」
また沈黙。今度は手を離すタイミングが二人して分からず、数秒見つめ合ったところで急に恥ずかしくなってお互いに手を離した。
「ところで蓮陽」
「ん?」
視線を戻すことなく声をかけてきた風香に同じく視線を空に逃したまま答える。
「……考古学、好き?」
「? まあ好き、だけど、いきなりどうしたんだ?」
「私も好きだから、ペアを組むなら同じか聞きたかった」
「そっか……やっぱ、僕らは変わり者同士なんだな」
「ん、そうだね」
ここまで何度も沈黙を重ねてきたけど、初めて心地のいい沈黙のが流れる。
「……これからよろしく、風香」
「……うん、これからよろしく、蓮陽」
表情を崩して、少しの光も余さず返したかのような輝く笑顔浮かべた風香の姿に、言葉も忘れてただ見入るだけしかできなくなっていた……。
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