話し合いで解決(物理)



「…………」


「…………」




 今日が第一回のペア講習ということもあり、生徒が武術の訓練を行うために五十ある小さな演習用の教室「練武室」を全て二年生が使うことができるため強制的に組まされた即席ペアである僕と石川さんもその一室を借りた、のだが…………現状、石川さんと一言として言葉を交わすことができていない。

 一時間近い沈黙に今朝の出来事を一通り思い返したりしてみたけど、そんなことで気まずさが解消されるなら同じ回想を二回も三回も繰り返さなくても済んでいただろう。


 もちろん僕だってこの状況にただ黙って棒立ちを続けていたわけではない。

 何度か声をかけようと少し離れた場所にいる石川さんと目を合わせにいった……が、目が合う間も無く睨まれてことごとく失敗しているのだ。


 石川さんとは一年の頃から同じクラスだったけど、彼女の人を寄せ付けない雰囲気もあって僕はおろかクラスメイトと会話をしているのを見たことがなかった。


 正直、もう諦めて帰ってしまう選択肢も考え始めてはいる。僕なりに頑張ったらいいかなって……。



「……はぁ」


 思わずこぼれそうになったため息を石川さんに聞かれないように背中を向けて吐き出す。


 一辺十メートル程度の激しく動き回るには少し狭めで殺風景な部屋には一応監視カメラが設置されているが、中で殺人事件でも起きない限りその映像を確認することはない。


 そのため、ことこの授業に関してはお互いの実力を把握した者同士でペアを組む場合部屋だけ借りて、適当に時間をつぶしたらそのまま帰るというズルが横行しているし、学校側もそれを黙認している。


 ならば、だ。仮にペアの二人がほぼ初対面みたいな状況だとしても、誰かに見られているというわけではないのだからここでズルをしてなにもせずに帰ったところで誰かに咎められることもないだろう。


「はぁ……」


 そう、割り切ってしまえれば今頃彼女に隠れて二度目のため息なんてつく必要なかったんだけど。


 僕がここから逃げ出しても怒られないのなら、石川さんだって同じ条件なはず。それでもこの気まずさの中でこの場に残っているとすれば……。



「……石川さん、話しをしよう」


 目を合わせ用とすると睨まれてしまうから、先に声をかけてから小さな少女の頭のてっぺんを見る。


「…………」



 案の定、と言うべきか、目を合わせずとも鋭い目つきの石川さんにしっかりと睨まれてしまった。


「あの……石川さん?」


 覚悟を決めて、やっぱり怖い思いをして、それでも頑張って声をかけたのに黙ったままだとか、見た目小学生の女の子に睨まれて怖気付いてる今の状況を考えるとさすがに堪えるんだけど。


「…………」



 一方的に睨まれたままの状況から、石川さんは僕の問いかけにふいっと顔を背けた。


 こっちから話しかけても態度が変わらないのなら、もはや対話の余地がないと思っていいのか?


「あのさ、話す気がないのはいいから、せめてこれからのことだけでも決めようよ。今日はもう何もしないで帰るってことでいいよね?」


「…………」



 また、石川さんは返事一つ返さない。それどころからリアクションの一つもないから肯定か否定かさえも分からない。




「……返事くらいしたらどうだ?」


「……………………」


「……………………石川、戦うぞ」


 彼女から目を離さずに数分、いい加減痺れを切らした僕は高圧的な言葉で長く続いた沈黙を破った。



「……どうして?」


 苦節一時間半、初めて返って来た声はどこまでも冷たく怯みそうになるのを堪える。


「それは自分が一番よくわかってるんじゃないか?」


 ペアは簡単に変えることができる。けれど、余り者で組まされた俺と彼女がペアを解散したとして、次に組んでくれる親切な人なんているだろうか?

 その疑問と不安があったからこそ気まずい空気でも長い時間我慢できた。


 卒業をしなければ考古学者にはなれない。ペアを組まなければ授業を受けることができない。気持ちの問題ではない、僕たちはこのままペアであり続ける必要があるのだ。


 仲良しである必要はない。ただ卒業まで最低限のペアであり続けるという共通認識を得られればよかった。そのための一番手っ取り早い方法が会話だった。


 でも会話を成り立たせるつもりがないなら、この時間をその目的の通りに過ごすだけだ。



「……それもそうね。嘘発見機さん」


「やる気満々で嬉しいよ。……裏切り者さん」


 学校中の嫌われ者である二人がお互いに陰口で使われるあだ名で呼び合った。


 どうやら、向こうもやる気満々らしい。


「さすが嘘発見機さん。私の言ったことが嘘じゃないって分かったから怒ってるのよね?」


「裏切り者さんこそ、そのポーカーフェイスの下じゃはらわた煮え繰り返ってるんじゃないか?」



 お互い相手に煽り文句をぶつけながら、迷うことなく部屋の中心へ足を進める。


「別に、わざとポーカーフェイスをしてるわけじゃないし……」



 そして、石川風香が溢すように呟いたのを最後に二人が少し離れた位置で足を止めた。



「「…………!!」」



 何か合図があるわけでもなく、同時に二つの銃声が響く。


 しかしそれが当たらないと分かっている二人は続けて飛び出すように距離を縮め、拳や蹴りを何発も打ち防ぎ合いながらその隙を狙って片手の氷銃の引き金を引く。


「そんなに無駄撃ちばっかりして、弾が勿体無いと思わないのか?」


「それはこっちのセリフ。当てる気がないなら早く負けを認めて」


 考古学者同士の戦い方は盗掘者との戦闘を想定した銃を持った状態で行われる近接戦闘だ。暴力をぶつけ合いながら、しかし最終的に銃口を相手に突きつけた者が勝者となる。


「ほら、また当たらなかったぞ。そんなんじゃいざ裏切るって時に格好がつかないぞ?」


「そっちこそ、嘘をつくまでもなくポンコツね。一発くらい当てられないの?」


 銃に装填できる弾数は七発。相手との距離が近すぎるため弾倉の入れ替えができないのも射程や威力と並ぶ氷銃の弱点と言えるだろう。使った弾はお互いに四発、残り三発で決着がつかなければただの殴り合いに発展することになる。


 ちなみに今はあくまで授業であり訓練であるため殺傷能力のないゴム弾を使っていて当たっても死ぬほど痛いだけで死にはしない。



「「…………チッ!!」」



 舌打ちと舌打ちがぶつかる。


 組み合った状態から力押しで体勢を崩し、その隙をついて頭を狙って引き金を引くが、体が軽い石川風香は素早く立て直して間一髪で弾を避ける。


「ヘタクソ」


 ボソッと呟いた彼女が小さな体を翻しながら懐に潜り込んだかと思うと、背中を僕の体に密着させた状態で真上に銃口を向け顎を目掛けて二つ銃声を響かせる。


「クソッ!」


 即座に回避を諦め銃を持っていない左腕を銃口と顎の間に滑り込ませて弾を防いだ。


 強い衝撃と痺れ、追いかけるようにやってくる強烈な痛みが弾の当たった位置から指先と肩まで走った。


 次の一発がくる前にすぐに力を込めた足を出して懐から追い出し、片腕が潰された不利を活かされないため続けて無駄弾を一発消費してさらに距離を取らせる。


 しかしそこで離した距離を捨てるように、弾を避けるために一瞬視線が横に逸れた瞬間を狙って距離を詰め銃を打撃武器として降り下ろす。



「っ!」


 しかし彼女が腕で受け止めたはずの銃は手元にはなく、腹部への衝撃で彼女はようやく下からの銃撃に気づいた。


 命中したのはただのゴム弾。それでも声が出てよろけるほどには痛い。なにより片腕を潰して有利を確信した直後に仕返されたのはたまらなく悔しいだろう。


「体が小さいばっかりに痛い思いしちゃったね、お嬢ちゃん?」


 考古学の世界では、体が小さいことはむしろいいことだと考えられている。


 狭い遺跡での探索に有利であり、いざという時に狭い空間での近接戦闘を行うことになるため的が小さく行動の幅が広いという利点もあるからだ。


 本人が望んだものではないだろうが、石川風香は結果的に有利を得られる自分の小さな体を活かすことを積極的に考えてきたのだろう。


 しかし今回、この瞬間に関してはそれが裏目に出た。銃を持った手を振り下ろす瞬間に合わせて銃を手放し、垂直落下した銃を空いた手で掴んで銃撃した。いくら痺れて動かない腕でも引き金を引くくらいならできる。


 上からの攻撃を防ごうとして腕を上げた結果、背が低いばかりに死角が多くなって銃が落ちていくことに気づかなかったのだ。


「好きで小さいんじゃ、ない!」


 小さく息を吐いた石川風香が自分を鼓舞するように声を張り上げ、突進するように真っ直ぐこちらへ飛び出してきた。


 なんとか指を動かせる程度の状況では狙いを定める余裕もなく、致命打には届かなかった。間違いなくダメージは大きいだろうが、その程度ならまだ戦いは続く。


 ただしこちらの弾数はもうゼロ。一方で向こうは一発とはいえ弾を残している。さっきの不意打ちで倒しきれなかったのなら僕の負けはほぼ確定だ。




 ……けど、初めてしまった以上このまま負けを認めるつもりはない。


 もしあと一発がなくなれば無為な殴り合いに発展する。こちらから殴りかかれば彼女も先頭の続行を察してトドメを狙ってくるはず。


 そうなれば最後の一発で決着を狙うため、確実に相手を倒せる頭を狙ってくるはず。当たれば脳震盪確実って意味でもたった一撃食らうのは絶対避けなければいけない。


「状況分かってる? 恥かく前に素直に負け認めれば?」


「そんなこと言って、実は自分の方が先に限界迎えそうなだけなんじゃないか?」


「そう……なら無様に負かして笑ってあげる」


 早くて軽いラッシュが続く。


 ただでさえ全てを完璧に受け切るのは難しいのに今の腕の状況じゃ対処のしようがない。


 ……だから、ほぼ全て捨てる。小さな拳や蹴りが何発当たろうと耐えて、ただ弾の残った銃口だけに意識を集中。とにかく撃たせることだけはさせないように受ける。


 体格的にも殴り飛ばせれば僕の勝ちだけど、それじゃあ勝負に勝ったことにはならない。

 あまりに細い勝利への糸口は一つ、彼女の銃を奪うことだけ。


 ともかくそのチャンスが来るまで撃たせず耐える。パターンを見極めて、力を込めにくくも距離の近いタイミンングを探りあてて……。



 踏み込んだ直後、足を狙った蹴りを入れようとするタイミング、視線が外れて銃が完全に死角になる。


「今…………」


「残念、私の勝ち」


 踏み込む足音が聞こえたタイミングで確実に狙った位置に伸ばしたはずの手が空を切る。その直後に彼女の姿が視界から消え、次には下から顎に銃を突きつける少女の姿が映った。



「……なにをしたんだ?」


「暗歩。盗掘者が遺跡に忍び込むためによく使う忍足」


 暗歩とは忍足のこと、その状態で素早く移動する技術だ。盗掘者の多くが遺跡の警備の眼を掻い潜るために会得していて、石川風香の事情を鑑みれば使えることは不思議ことじゃないだろう。



「……なるほど、嵌められたんだな。……あ〜あ、僕の負けだよ」


 ゆっくりと両手を上に上げる。撃たなかったのは彼女なりの優しさ——。



「いったっあぁ!!」



 至近距離からの銃声。続け様に全力で腹を殴られたような衝撃で体勢を崩してお尻まで強打してしまった。

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