ペアマッチ・終
博物館組の二人に「行くぞ」と促し、二人の後に続くようにロイ先生を見送る。
「…………」
扉が閉まり、さらに少しの間をおいて顔を上げた校長の表情はそれまでとは違う、明らかに真剣なものだった。
「どの遺跡に行くのか、いつ行くのか、他にも気になること説明するべきことはたくさんあります……が、邪魔者もいなくなったところなので少し寄り道をさせてもらいます」
彼が真面目な態度を取ると碌なことがないと強く身構える。
「ロイ君、ロイ・ボンドについて皆さんにお願いしたいことがあるのです。彼は現在、ある件に関して最有力の容疑者としてマークされています」
あの人に何か悪いことをするだけの器量はないと感じているから容疑者という言葉に違和感を感じてしまうが、歴戦の考古学者が疑っているのならそれだけの証拠と確信があってのことなのだろう。
「アレに容疑者なんて呼ばれるだけの度胸はないと思いますが?」
そんな僕と同じ感想をうっかり口にしてしまったのはまさかのフローラさん。
目の敵にされている俺や風香以外の人にとってもそんな評価なんだなあの人。
「そうですね、態度が大きいだけの人なのは間違いないでしょう。それでも、人はやる時はやるものです。彼の場合たった一つの小さなうっかりを隠すため、肥大化したプライドが大きな事件を起こすことも十分に考えられますからね」
上司からの評価もまた高くないことが露見してしまい、さらにさらに彼への同情が大きくなった。
「なので、今回遺跡への引率であるロイ君を君たち生徒たちで監視してほしいのです。怪しい行動、怪しい発言があれば私に報告してください。なんなら彼の罪の証拠を見つけてしまっても構いませんよ」
そんなことを生徒に頼んでしまっていいのだろうかと思いつつ、他の人の反応を待つ。
「あの、ロイ先生の監視を引き受ける前に一つ教えてもらってもいいですか?」
伊佐与さんが手を挙げた。
「もちろん。なんでも聞いてください」
「はい。ではロイ先生は何の容疑を掛けられているのですか?」
「ああ、言ってませんでしたね」
この人のことだ、わざと言ってなかったんだろうけどツッコむだけ無駄なんだろうな。
「みなさんご存知だと思いますが、最近話題となっている『遺物の損害事件』。その犯人の第一容疑者としてロイ君が挙げられているのですよ」
意外にも驚きはない。
容疑と聞いて他に思い当たるものがないのだから、驚きようがないのだ。
「……でしょうね。いえ、ありがとうございます」
それは僕に限らず、この場の全員に当てはまることで、一人として驚いた様子を見せなかった。
「いいえ、せっかく引っ張ったのに意外性のない答えで申し訳ありません」
こんなに軽いノリで学内の大事件についての話しが流れていっていいのか些か疑問ではあるけど、一番の被害者である校長が率先しているし気にしないでおこう。
「では、これでお願いの説明は終わりましたし、全員引き受けてくれるということでよかったですね?」
「はい。どこまでお役に立てるか分かりませんが精一杯やらせていただきます」
伊佐与さんの返事を代表に、その場の全員が頷いた。
どんな挙動をしていれば怪しいと判断するべきか正直分からないけど、疑ってかかれば見える何かがあるかもしれない。
「ありがとうございます。期待は……あえてしないでおきましょう」
本分にない仕事を任せたから下手にプレッシャーをかけないようにという彼なりの配慮なのか、どうせ遺跡に夢中になって忘れるだろうという諦めなのか、どちらにせよ個人的にはありがたい言葉だ。
「そうしていただけると助かります」
伊佐与さんが代表して頭を下げ……。
「…………ちなみに、成果を上げた際には成功報酬を頂ける、なんてあったり?」
その体勢のままでご褒美の話しを始めた。
遺跡に行くこと自体がご褒美で報酬なのだから、その上にさらにご褒美を要求するとはなかなかにちゃっかりした人だよ伊佐与さん。
ただ……面と向かって言うには勇気が足りなかったから頭を下げて顔を見ずに済むタイミングで言い出したんだろうな、と邪推してみたり。
「ふふっ、構いませんよ。いただける情報の量や質にもよりますが、それなりの物を用意させてもらいましょう」
この感じだと初めから報酬を用意していたような気もするけど、ともかくスパイの真似事をする話がひと段落したところで校長が笑顔を取り戻した。
「さて、これでつまらないお話は終わりにして楽しい話をしましょう。遺跡同行について説明させてもらいますので聞き漏らしのないようにしてくださいね」
伊佐与さんのがめつさをきっかけに軟化した雰囲気の中で遺跡の場所、探索の日時などの説明を団欒とした空気の中で並べていった。
事もなく説明会を終え、僕たちはようやくこの長い一日を終えることができたのだった。
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