本物のご褒美


 結果の発表、表彰、先生達からのありがたいお言葉、例年に比べ比較的早く終わりを迎えたペアマッチの閉会式はつつがなく終了した。

 もっと気持ちの高揚があるのかと思ったけどその前の空気感が抜け切らずに作業的にそれらをこなすだけになっていた。


 ただ、それでペアマッチの全てが終わったわけではない。



「校長、ペアマッチ合格者をお連れしました」


 閉会式そのまま連れられた五組十名はロイ先生のノックした扉の先から聞こえた若い声に少し緊張を覚えた。


「失礼します」


 ロイが扉を開け、生徒を先に部屋に入れ、続いて扉を閉めながら中に入る。


 装飾こそ多くの人が想像する学校の校長室だが、大量の遺物が並べられ、資料や本が床に散乱しているそこは学者の研究室と言った方が腑に落ちる。


「よく来ましたね。まずはペアマッチお疲れ様、そしておめでとうございます」


 この学校に通っているのなら知らない人のない、齢七十を超えているはずなのに呪いにより十代前半の容姿を数十年維持し続ける生ける伝説。


 なにより一年生の時に受けた授業の印象が良い意味でも悪い意味でも強すぎるばかりに、忘れたくても忘れられない存在となっているのだ。


 そんな人物が目の前に立っているのだから、緊張とは別に警戒心は自然と強くなってしまう。


「知識はそのままでは実際の現場で活かせることができるわけではないと、優秀な生徒であるあなた達以外にも理解していただけたなら、ペアマッチを開催した甲斐があります」


 満足そうに語る校長は改めて一人一人生徒の顔を見上げていく。



「……ふむ、あまり喜ばれてないみたいだし、おべっかはここまでにしておきましょうか。君たちをここに呼んだのはご褒美について説明するためです。褒め言葉なんかより、ずっと嬉しいでしょ?」


 はいその通りです。とは言いづらい状況なのでその場の全員が沈黙を貫いた。


 言ったところで本人は怒らないだろうけど、結局は後ろで腕を組むロイ先生が怒るだろうし。


「校長、遊んでないで早く話を進めてください」

 ほら、もう我慢の限界だ。


「相変わらずせっかちですね。ロイ君、そんな調子じゃ禿げますよ?」


「はっげ……」



 心当たりでもあるのか、ロイ先生の頭皮、ではなく心にダメージが入る。

 そして、その反応に満足したらしい校長が笑みを浮かべるのだった。


「さて、生徒で得られなかった栄養をロイ君から摂取できたことですし、今度こそし本題に入りましょうか」


「あなたって人は……」



 大きな大きなため息つくロイ先生にもう一度悪戯な笑顔を返した校長が僕たち生徒に目を合わせる。


 そして空気が変わった。


「今から話すことは他言無用。もし少しでも口を滑らそうものならこの先の学校生活は保証されないと思ってください」


 この人の緩急の振り幅が大きいのは身をもって体感しているし、十分に警戒していたはずだった。

 それでもその落差にショックを受けているのだから、この人に敵うことはこの先ないのかもしれない。


「ペアマッチのご褒美として博物館の見学を提示しているのは皆さん知っていると思いますが、実はもう一つ、とっておきのご褒美を用意しているのです。これは毎年恒例ではありますが、ペアマッチで勝ち残った五組にだけ伝えるもので他の生徒には一切知られていません」


 博物館の内部見学だけでも個人的に最高のご褒美なのにそれ以上となると……。

 体が前のめりになりそうなのを必死で抑えながら続きを待つ。


「優秀なみなさんに用意した特別なご褒美は…………本物の遺跡の調査に同行してもらうことです」



「「本物!?」」



 予想していたさらに豪華なご褒美に思わず叫んでしまって慌てて口を手で塞いだ。


 ……もう一人同じ反応した人がいた気がしたけど。


「やっと素の反応が見られましたね。私に気を遣ったり畏まったりは要りませんから、今みたいに素直に話してください」



「……そう言われても、あなたを前に警戒しない生徒はいないと思いますよ」


 答えに困った二人の代わりにそう返したのは雅だった。


 とはいえそれも予想外のご褒美に知らずに緊張の糸が解けていたせいだろう。


「まあ、それもそうですね。わざと怖がらせるようなことを何度もしてきましたし。それより話を戻しましょう。さすがに二回生の生徒に未調査の遺跡を探索させるわけにはいかないので、ある程度調査を終え、かつまだ可能性のある遺跡の調査に同行してもらおうと考えています。なので、低いとはいえ当然にリスクが伴うことを理解しておいてください。特に経験値が足りないあなた達にとってはね」


 また揶揄うような、試すような笑顔を見せた校長は「ここまでで質問は?」と僅かに声のトーンを落とした。


 誰も手を挙げない、ので僕が一番だ。


「他の生徒には他言無用ということは、校長の仰った可能性に期待してもいい、ということですか?」

「うん、いい質問です。ただ、あると断定はされていません。あくまで可能性があるだけであり、その可能性が極めて高いというだけ。あまり詳しく話してしまうと楽しみも減ってしまいますし、今はこの答えで満足していただけますか?」



「……はい、ありがとうございます」


 明確な回答を避けたが、「楽しみが減る」と言われてしまってはそれ以上何か言えるわけもない。


「よろしい、では続きといきましょう。遺跡の調査にはロイ先生に監督をしてもらう予定です。これも毎年恒例のことなんですが他の考古学者は学生が来ると調査が進まないと、協力してくれないどころか当日は遺跡に顔を出すこともないので、先生と生徒、あなたたちが遺跡を独占できてしまいますよ」


「え? いや、俺が引率なんですか? 初めて聞いたんですけど」


「はい、今初めて言いましたよ。引き受けてもらえますよね? まあ、拒否権とかないんですけど」


「あ、えぇ……」


 見ていて少しかわいそうに思えるロイ先生の狼狽と落胆ぶりに同情さえ覚える。今度少し優しくしてあげようかな。


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