授業・9
「皆さん、お久しぶりです。ペアマッチ本番や後片付けで間が空いてしまいましたが、今日からは私の授業を再開させてもらいます」
ペアマッチの遺跡の解体だけに一週間という時間を要した結果二週間ぶりに開かれた男の授業に、生徒たちはわずかな刺激を求めて意識を向ける。
そんな教室の雰囲気を察したのか、男は少し悩んだ素振りを見せた後「よし」と顔を上げた。
「今日の授業は私たち考古学者の仇敵『盗掘者』について話をしていこうと思います」
察した上でテーマが盗掘者である理由を生徒たちは理解できていないが、そこからの裏切りに期待を込める。
「皆さんは既に他の授業で習って知っているとは思いますが、盗掘者というのは…………人間のクズ、カスを凝縮した人型の粗大ゴミです。金儲けしか頭にない歴史に敬意を払う人間性を欠いた腐った肉の塊です。あの汚物たちのせいで学者である私たちが戦う術を得ないといけなくなりました。根絶してもう二度と生えてこないように除草剤を撒いてその上からコンクリートでガチガチに舗装してやりたいですね」
学校で教鞭をとっている大人とは思えないほど怒涛の勢いで飛び出したとびっきりのスタートダッシュに生徒たちは求めていた以上の刺激を得られて興奮を隠しきれない。
「さて、まだまだ吐き出すことはできますが愚痴はこのくらいにしておいて授業に入っていきましょう。彼らは自分が墓荒らしであり泥棒であり犯罪者であることを自覚した上で盗掘を行います。その自意識があるからでしょう、盗掘者は揃ってある特技を持っています。そう皆さんもご存知『暗歩』ですね」
もういっそ全部吐き出しちまえよ! という空気を醸し出す生徒たちをガン無視しながら男はさらに話を続けていく。
「この暗歩ですが、仕組みは他の授業でやっているので知っていると思います。名称はカッコいい感じですが簡単に言えばとても精度の高い忍び足、その状態で狭い遺跡の中を走り回るのですから『ゴキブリ走り』とかに呼び方を変えたいところですね。ともかく、この暗歩は遺跡で多くの場所に集中力を散らす必要がある私たち考古学者にとって厄介極まりないのが事実です」
話をしながら片手間に黒板にゴキブリの絵を描く男の姿に生徒たちはまだ鬱憤が吐き出しきれていないのを察するが、それを促したところで無視されてしまったので大人しく続きを待った。
「私たちは命に関わるこの技術について仕組みや使い方を詳しく学ぶことになるわけですが……ここで皆さんに一つお尋ねします。散々この技術の理論を学んだのであれば、『自分でも使えるんじゃないか』と思ったことはありませんか?」
その場で見渡しながら、一部頷いた生徒たちの顔を見て男はニッコリと笑顔を浮かべた。
「素直でよろしい。そして、やはりその疑問を抱いたのは純粋に考古学を志した生徒ではないという傾向に変わりはありませんでしたね。ああ、別にそれがダメというのではありませんよ。目的はなんにせよ、盗掘者なんてクソ外道ではなく考古学者という正規の道を選んでくれただけで私たち考古学界は十全以上の教育をすることを約束しましょう」
男の仕分けるような言葉に一瞬肝を冷やす生徒もいたが、その優しいままの表情に安堵する。
「では疑問を抱いた方もいるのでその答えを示しておくとしましょう。単純明快、答えは『できるけど使いたくない』です。実際暗歩という技術への理解を深めるために習得している考古学者も多々いますが、実際に現場や人前でそれを使うことはしません。なぜなら自分たちはこんな影をコソコソと伺うように進む立場にないから、私も使いたくない派ですが、それでもあえて茶化した言い方をするなら『プライドが許さない』ということです。なので、皆さんは有用だと思うなら暗歩を使うことを止めたりはしませんよ。考古学が好きな人ほど使わない傾向にあるので白い目で見られのは必須ですが、生き残る術としてはむしろ正解なのですから」
考古学者に周りの目を気にするような一般人がいないのは学校生活を送るだけでも嫌と言うほど目の当たりにしていた生徒たちだが、それでも暗歩を使う考古学者を見た記憶がないということは……と考えを巡らせ、この世界の沼の深さを改めて再認識するのであった。
「今日も皆さん良い学びを得られたようですね。では今日の授業は終わり、と言いたいところですが、時間も余っていますし、今日は皆さんの疑問に答えてげることにします。せっかくなら今日やった内容から質問してくれると先生としては嬉しいのですが、何か聞きたいことのある生徒はいませんか?」
「はい」
他の生徒が質問を考える隙もなく、一人の女生徒が手を挙げた。
「どうぞ」
間髪入れず男は彼女を指名し、それに「ありがとうございます」と立ち上がりながら返す。
「先程先生は盗掘者についてたくさんの暴言をおっしゃっていました。私も考古学者を志す者としてその意見に大賛成ですし、なんならもっとボロクソに言えばいいのにと思っていました。ですが、この学校には散々悪く言ったはずの盗掘者の娘がいるという噂を聞きました。その噂の真偽と、もし事実ならどうしてそんな愚行を学校が許したのかをお教え願いますか?」
その言葉の中に、確かな怒りを感じ取れた。
憎み嫌っているからなおのこと懐に盗掘者と関係のある人間がいるのは我慢ならない。そんな感情的な考えを否定できる考古学者はいないだろう。
「いるかいないか、でしたから……いますよ、盗掘者の娘さんが」
教室が一気にざわめき立つ。質問した女子生徒も含め険しい表情を浮かべる者までいる。
「先に言っておきますが、彼女はシロです。私たち考古学者が徹底して素性を調べ上げ、持てる技術の全てを注ぎ込んで仕掛けがないか調べた上で、そこまで怪しまれ疎まれてもそれでも考古学を学びたいと望んだからこそ、私たちは彼女を受け入れることを決定したのです。文句ならいくらでも私に叩きつけてください、本人も承知の上ですから彼女に直接アプローチをかけ自分の目で疑念を解くのもいいでしょう」
そこで生徒達の反応を見ようと言葉を止める。
散々盗掘者が悪であると教育されてきた生徒達の反応はもちろん芳しくない。
「そして、私たちが彼女を仲間と認めた一番の理由はなにより、誰よりも情熱があったからです。盗掘者の子供として生まれながら、遺跡の価値を理解し知的好奇心を抱いていたからです。まあ誰であれ根から考古学者にするのが洗脳(きょういく)なのですが、最初からこの資質を持っている人はそう多くはないですからね」
まだ少ししか染まっていない新入生たちが不穏な言葉を察して顔を引き攣らせる。
「まあもちろん打算もありますよ。彼女の両親は名のある盗掘者だったので他の盗掘者について情報を得るチャンスがあると考えていました。ただ、守銭奴で利益の独占ばかり考える盗掘者たちが協力関係を築いているはずもなく……そっちの方は完全に無駄足でした」
やれやれと首を横に振る男の仕草に少しだけ場が和む。
「さて、思ったよりも長引いてしまいましたね。最終的な質問の答えは、この判断が愚行かどうかは彼女の成果を見た上で皆さんが判断してください。ということにしておきます。では今日の授業はここまで。次回をお楽しみに」
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