蓮陽の呪い
ロイ先生の言うままに、僕たち六人は会場に一番近い校舎の一室に放り込まれた。
案内人の態度は横柄だけど、広い教室には飲み物や軽食が置いてあり、もちろんペアマッチの観戦もできるよう大きなスクリーンが下りている。生徒が受ける待遇にしては手厚すぎるくらいだろう。
ただ、いくら環境が整っていようと相部屋の相手があまり仲良くない人となれば部屋の居心地は決して良いと言える状態ではなくなるのが残念なところだ。
ペアマッチの最中だったから事務的には会話できていたけど、いざ自由にしろと言われてもどう接すればいいものか……。
「そうだ、せっかく時間もできたんですから、蓮陽君の呪いについて教えてください」
そんななんとも言えない空気感を変えてくれたのは伊佐与さんだった。
一番頼りになるだろう漢太は逆に気まずさを面白がっていたから唯一無二の助け舟だ。
「呪いか……話すのはいいけど、面白い話じゃないぞ」
あまり人様に聞かせたい話でもないけど、ペアマッチの時から覚悟は決めていたし、話すにはいいタイミングかもしれない。
ただ、聞かされることになる無関係の二人に視線を向ける。暗に別に出てってくれていいんだよと言ってみたつもりだ。
「俺は聞くからな。俺にはその権利も義務もあるはずだ」
こっちにはそんな心当たりはないんだけど。とは言えない雰囲気に真剣そのものの雅の表情。俺の方こそ雅に事情を聞く権利があるはずだけど、今はこっちの番だからひとまず後回しだ。
「私はそこまで興味はないけど、後学のために聞かせてもらうわ」
呪いについては興味がなくても雅が僕に執拗に突っかかる理由には興味があるからってことなんだろうけど、興味ないなら聞かなくてもいいんじゃとはこれまた言えない雰囲気。
「分かった。悪い噂ばっかり広まってる僕の呪いだけど、せっかく話すんだから少しでも印象が良くなってくれればいいんだけど……」
そこで一旦言葉を区切る。
勿体ぶった訳でも雰囲気作りのためでもなく、どこから話すべきかを頭の中で並べ組み立てていく。どこまで話していいのか、どこまで話すべきなのか、どこから話したくないのか。
「……そうだな、まずは紹介から。僕に憑いている呪いの名前は『ヤドリギの呪い』。今までに存在していなかった呪いを上書きすることのできる唯一の呪いだよ」
考古学者である両親の反対を押し切って、遺跡の調査に初めて同行したのが小学生に上がってすぐのことだった。
その遺跡は幾度なく調査をされていて、これ以上危険な罠や呪いは残っていないと判断された場所だったこともあって、初めは渋っていた両親も首を縦に振ってくれたのだ。
だから初めは遺跡に入ってすぐに体に入ってきた「ヤドリギの呪い」の名前を聞いても警戒しなかったし、まさかあんなにも恐ろしい呪いだなんて考えもしなかった。
どんな呪いかは分からないけど、どうせ大した呪いじゃないし、考古学者を目指すならむしろラッキーだ、くらいにしか考えてなかったんだ。
初めてその一端に触れたのは父がついたほんの小さな嘘「ただの飲み会だよ」。それが嘘だとなんとなく分かったし、妙な確信があったし、そのあと父は母にボコボコにされていたし。
そんな経験がいくらか重なっていく内に周りにも僕が嘘を見破ることができる呪いを得たのだという認識が広がっていき、僕自身も自分の呪いがそう言う性質なのだと納得するようになっていた。
……そんな気楽な勘違いをしていた。
少し母と喧嘩して、カッとなった瞬間それは起きた。
自分の中から何かが飛び出していく感覚。それが母に入り込んで根を張った感覚。母に入り込んだ根が僕の中に冷たい何かを伝えた感覚。母の呪いが変わった感覚。
どれを取っても他人に共感してもらえない奇妙で不気味な体感ではあるけど、それは確かに僕の中で感じ取ったものだ。
「な、に……」
母が苦しそうな表情で膝を折ったのを見て、自分が感じたそれらが本物だったと、取り返しのつかないことをしたんだと血の気が引いていったのを覚えている。
まだ子供だった僕はそこで冷静さを失って、気がつくと駆けつけた父のことも呪ってしまった後だった……。
そんな事故が起きてから、僕の呪いの危険性について知れ渡るのにそう時間は掛からなかった。
両親だけでなく、たくさんの研究者達がヤドリギの呪いについて調べようとしたが、不確定要素が多すぎる呪いを意図して体に宿すのはリスクが高すぎることもあり、既に起きた現象を精査する程度にしか調査が進むことはなかった。
それでも結果として、「人の呪いを上書きすることができること」「嘘をついた相手に対して上書きができること」「呪われた人は何かを奪われること」といったヤドリギの呪いについての基本的な情報をまとめるには至った。
それだけで済めばどれだけ良かったものか……。
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